【箱根駅伝】青学大が大会新で連覇 あわやインフル禍をチーム力で回避 近年11回中8回優勝
◇第101回東京箱根間往復大学駅伝競走復路 (3日、神奈川・箱根町芦ノ湖スタート~東京・千代田区大手町読売新聞社前ゴール=5区間109・6キロ) 【詳細データ】順位の変遷 往路優勝の青学大が復路でも安定した強さを発揮し、2年連続8度目の優勝を果たした。10年前の91回大会で箱根路を初制覇して以来、11回中8回も優勝。優勝確率は驚異の73%。往路優勝した7回はすべて総合優勝。トップを走れば盤石。箱根路の王者は101回大会も強かった。 2年連続7回目の往路優勝した青学大は復路スタートでいきなり勝負を決めた。6区の野村昭夢(4年)が56分47秒の区間新記録をマーク。2017年に9区で区間賞を獲得した東洋大の兄・峻哉さんに続く“兄弟区間賞”が実現。さらに20年に館沢亨次(東海大)がつくった57分17秒の区間記録を30秒も更新し、2位の中大との差を1分47秒から3分49秒の大差に広げた。 往路の5区では区間新記録をマークした若林宏樹(4年)とともに山の区間記録を青学大が独占。5区と6区を区間新記録をマークして優勝したチームは1983年の日体大(5区・岡俊博、6区・谷口浩美)以来、42年ぶりの快挙。「山の青学」として特殊区間でも強さを見せた。 7区では駒大のエース佐藤圭汰(3年)が従来の区間記録(1時間1分40分、20年明大・阿部弘輝)を57秒も更新する1時間43秒で走破した。最初で最後の箱根駅伝となった青学大の白石光星(4年)は区間9位と崩れることなく走り、2位に浮上した駒大との差は1分40秒にとどめて連覇へピンチになることはなかった。 8区は前回に続いて塩出翔太(3年)が区間賞を獲得。今季学生3大駅伝、第2戦の全日本大学駅伝(昨年11月3日)で最終8区を担った塩出は首位でタスキを受けたが、国学院大の上原琉翔(3年)と駒大の山川拓馬(3年)に抜かれて3位に後退。伊勢路で流した悔し涙を箱根路ではうれし涙に変えた。 9区は主将の田中悠登(4年)を当日変更で投入した。大学卒業後、地元の福井県のテレビ局「福井放送」にアナウンサーとして就職する田中にとって「引退レース」。前回は8区で当日変更で出番なしに終わったが、1年後に区間2位の力走。今季は主将として最後までチームを率いて有終の美を飾った。 10区はルーキーの小河原陽琉が当日変更で抜てきされた。原監督が箱根駅伝のアンカーに1年生を起用することは初めて。「1年生ながら、とても落ち着いています」と原晋監督(57)は評価し、栄えある優勝アンカーとなった。 盤石の強さを見せつけた裏で、ピンチもあった。区間エントリーが行われた昨年12月29日、寮外生の複数の女子マネジャーが立て続けにインフルエンザに感染した。しかし、原監督、片桐悠人主務(4年)を中心にしたスタッフの危機管理は完璧だった。練習記録の管理などの仕事を普段は選手寮内で行っているが、例年12月に入ると、屋外の練習グラウンドにテーブルを設置してマネジャー業務を行い、感染のリスクを最大限に下げている。寮外生の女子マネジャーが選手寮に出入りすることはなかったため、寮で暮らしている選手の感染者はゼロ。出場した10人は完璧な体調で箱根路を駆けた。 原監督は「世の中でインフルエンザが猛威をふるっているので、電車で練習グラウンドまで通って、外で仕事をしている女子マネージャーが感染してもしようがありません。普段からチームのために頑張ってくれています」と女子マネジャーをねぎらい、最大限の敬意を表した。 原監督は今大会に向けて「あいたいね大作戦」を発令。「今季のチームスローガンは『大手町で笑おう』。優勝して大手町で、みんなで笑いあいたい」とその意図を説明する。 優勝メンバー10人がヒーローであることは間違いない。ただ、その10人を支えた人は多い。登録されたが出番がなかった6選手。登録から外れた選手。男子マネジャー。女子マネジャー。原監督。原監督の妻で寮母の美穂さん。田幸寛史コーチ。伊藤雅一コーチ。安藤弘敏コーチ。内山義英部長。まさにチーム全員で勝ち取った連覇だった。 「あいたいね大作戦」は大成功だった。
報知新聞社