「自由な市場競争ではイノベーションは起きない」中野剛志氏が語るイノベーションと不可分な銀行制度と信用貨幣論
インタビュー前編「日本の経済成長を止めたのは自由な市場競争、評論家・中野剛志が唱える『失われた30年の真因』」では、経済学者シュンペーターの教えに逆らい、市場原理で企業に対し自由な競争を促したがために、日本経済は長らく停滞しているという話を中野剛志氏(評論家)に聞いた。 【画像】政府が推し進める産業政策として中野氏が考える分野 インタビュー後編では、引き続き中野氏に、日本と米国における政府の経済政策の違いや多くの人が勘違いしているという銀行と貨幣の関係について話を聞いた。シュンペーター派の経済学が主流派経済学にとって代わる日はくるのか──。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター) ──米国では、政府の投資先である軍事用途、宇宙用途が経済発展を促したというお話でした。政府の投資先が宇宙軍事用途である必然性はなく、ただ政府が何かにお金を使えばいいということでしょうか。 中野剛志氏(以下、中野):まさにその通りです。米国政府は、冷戦時にソ連に勝つために月にロケットを飛ばしたり、軍事技術開発をしゃかりきにやったりしてきました。その技術が民間転用されて、結果的に産業政策をしたかのように見えたにすぎません。 つまり、米国政府の産業政策の目的は民間産業を豊かにするためではなく、全く別のところにあったのです。実は、それが重要なポイントなのです。 シュンペーター派の経済学者であるマリアナ・マッツカートは、これを「ミッション志向」と呼びました。ミッションに向けて、投資や人材を大規模に動員すること自体が大切なのです。ミッションが軍事目的でなければなお可ということです。 ──マッツカートの言う「ミッション志向」においては、宇宙軍事以外にどのようなものが「ミッション」となりうるのでしょうか。
■ 現代の「アポロ計画」となりうるものは何か? 中野:例えば、マッツカートは気候変動対策をミッションにしてみてはどうかと提案しています。再生可能エネルギーやそれに関する技術に巨額の投資をしてイノベーションを起こせれば、世の中良くなるのではないかというのが彼女の主張です。 例えば、太陽光発電は太陽が出ている間しか発電できません。そこで、高性能の蓄電池が必要になります。蓄電池は、モバイルバッテリーや電気自動車にも使うことができます。さまざまな分野への応用が可能で、大きな波及効果が期待できます。蓄電池が、再生可能エネルギーや気候変動対策のためにだけしか使えないはずがありません。 先ほどお話ししたように、アポロ計画では膨大な計算のためのソフトウェア技術が発達しました。それを宇宙開発以外に使わないという選択はあり得ません。 つまり、ミッション成功を目指して資源を投入すると、当初の目的以外の領域にもその技術が波及効果を及ぼすのです。 「軍事目的だけに使え」あるいは「脱炭素目的だけに使え」と政府が独占的に資源の配分を決めることは、産業政策以外の何物でもありません。 これは、シュンペーターの言う競争制限につながります。強力な力で競争制限をし、独占的に推進していかなければイノベーションは起こりません。これを最も強力に推し進められるのが政府なのです。 マッツカートは『起業家としての国家』という書籍の中で、国家が起業家となったら経済は著しく発展するだろう、と述べています。 ──現在の日本では何を「ミッション」とすべきでしょうか。 中野:ミッションとすべきことはたくさんあります。 マッツカートが言うように気候変動対策も大切ですし、少子化対策、地震や津波などに対する防災対策、貧困家庭が多いので格差の是正、低所得者への支援、量子コンピュータなど次世代技術の研究開発もあるでしょう。 与野党、選挙のたびにいろいろな夢を語ります。でも、実際にそのすべてをできるわけではありません。なぜかと言うと「予算がないから」「財政が破綻してしまうから」。ただ、ここで強調したいのは「財政破綻はしない」という点です。