夭逝の画家・中園孔二の記憶を訪ねて。『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』著者・村岡俊也インタビュー
評伝を書くという責任
──評伝を読むと、中園さんは子供のころから人とは違う目線を持っているように感じられます。 中園さん自身は生前のインタビューで「すごい普通の子どもだった」と振り返っていて、ご両親も同様のことをお話しています。でも幼少期や小学生の頃に描いた絵を見ると、とても「普通」ではなく、すでに際立って上手い。でもいっぽうで普通にスポーツや遊びに夢中になって、普通に悩んだり、怒ったり、喜んだり……そっちもあわせて見ることが大事なのではないでしょうか。 藝大3年のときに知り合い、年上のよき理解者だった桑原淳さんは「彼は天才のように言われるけど、僕からは努力の人に見えます」と話していました。天才というと、普通の人たちとは違う理論や次元で生きていると思ってしまいがちですが、僕たちが半歩しか行けないところを、努力や興味で、一歩、二歩と先へ進めてしまう人だったんだと思います。
──取材を進めるなかで、中園さんの心情に共感する部分はありましたか?
「そういうことだよね」と腑に落ちて、心のなかで語り掛けるようなことはありました。本の序章である「はじめに」で「中園孔二の絵を、きちんと人生の一部としたい。当時は、そんな気持ちだった(*)」と書いて、編集の方に「ちょっと大仰じゃないですか?」と指摘されたのですが、僕のなかでは全然、大仰なことではなかったんです。中園さんのことをずっと考えながら、彼が見たであろう景色を見て、彼がひとりで歩いた夜の山を実際に歩き、最後に暮らした高松やアトリエに行き、最後に立った海岸を目に焼きつけた。そうすることで、この本は書けたのだと思います。 ──こんなふうに評伝を書いてもらい、自分の軌跡を文字化したい作家もたくさんいるのではないでしょうか。 「中園孔二 ソウルメイト」展はすばらしい展示でしたが、親交のあった人のなかには「中園くんなら、こういう展示にしないはず。そもそも生きていたら、この時点での個展も拒んでいただろう」と話す人もいました。 そこには若くして亡くなることの残酷さがあります。この本も同じで、ご存命だったらまだ書かれなかっただろうし、中園さんがノートに残した言葉もデッサンも世に出ることはなかったでしょう。ご両親や関係者の方たちのご理解とご協力をいただき、内容も刊行前にお読みいただきご了承を得てはいますが、書くことの責任を重く感じていました。 ──中園さんは若くして亡くなったこともあり、その人物像はベールに包まれたままです。今回の評伝は中園さんがどんな方かを知りたかった方にとっては待望の本でもありますね。 インタビューに応じてくれた人それぞれの中園孔二像があるので、それぞれの中園孔二という「面」をたくさん集めることで多面体を球へと近づけていくような作業でした。中園さんの作品は「無題」ばかりで、自身はタイトルをつけませんでした。ですから、何を描こうとして、何が描かれているのかは観る人に委ねられていると言えます。この本を書きあげた後、「ソウルメイト」展で中園さんの絵の前に立ったとき、不覚にも涙が出るほど感動したんです。想像とはいえ、彼がどんな状況で何を考えていたかを知ってから絵を観て、「中園くんに会えた」と不遜にも、そんな思いも湧いていました。 ──装丁には高校時代の作品が使われています。 表紙の絵は高校時代に教室の風景を描いたデッサンで、背表紙がちょうどスケッチブックのリングになっています。カバーは裏面にも印刷されている作品群が透けてかすかに見えるよう、書名にあやかってデザイナーさんが「ゴースト」感のある仕掛けを施してくれました。 ──この本をどんな人に手にとってほしいですか? 強いて挙げるなら、若い人たちでしょうか。自分の少し上の世代に中園孔二という「すげえやつ」がいて、苦悩しながらも自分のやりたいことや生き方を、一生懸命貫こうとしていたことを知って欲しいです。画家を志す人はもちろんですが、絵とは関係なく暮らしていたとしても、何かに苦しんでいたり、迷ったりしている人も手に取ってほしいです。読むときっと勇気づけられるはずで、実際に僕が中園さんに勇気づけられ、ものすごく心を打たれましたから。 ──中園さんの魅力がほとばしる、キラキラとした本でした。 青春ドラマみたいですよね。実際に青春の真っただ中で、亡くなったのは25歳でしたから。 ──生きていたらどんな作品を作ったんだろうと悔やまれます。 藝大の同期でライバル視されていた画家の小川真生樹さんが「描き続けなければいけない作家だった」「ずっとその先を見続けたかった作家」と話していたのが、強く印象に残っています。早すぎる死は惜しまれますが、ともに切磋琢磨した悪友にそう言われるなんで、なんかサイコーだなと憧れます。 *──「当時」とは、イラストレーターの横山寛多さんに誘われ、思い出をまとめる手伝いをすると決めたときのこと
Chiaki Noji