困らせ屋で孤独で手のかかる思想家の懐に飛び込み、丁寧に伝記の裏側を解き明かす―波戸岡 景太『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』橋爪 大三郎による書評
スーザン・ソンタグは、半世紀ほど前に一世を風靡したアメリカの知識人。最先端の感性とひと筋縄で行かない思考回路をそなえている。 一九三三年ニューヨーク生まれのユダヤ系だ。若くに結婚したがすぐに離婚、シングルマザーになった。小説を書いてヒットし、ニューヨーカーほかに評論を寄稿、『反解釈』を出版して高く評価され、アメリカを代表する知性とみなされた。 ベトナム戦争に反対し、女性運動の草わけでもある。お騒がせ系有名人でスキャンダルの種になった。気取ったスノッブはソンタグを持ち歩く。保守派や福音派の苦虫を嚙みつぶしたような表情が目に浮かぶ。 著者の波戸岡氏はアメリカ文学・文化が専門。この困らせ屋で孤独で手のかかる思想家の懐に飛び込み、丁寧にひとつひとつ伝記の裏側を解き明かしていく。キーワードはヴァルネラビリティ(脆弱なこと)。厳しい言葉で批評しつつも、人間は言葉をはみ出ていて、誰もが傷ついているのを忘れないのが彼女だ。 ソンタグの生涯を描く映画が近く製作されるという。最近すっかり過去の一部になりかけていた彼女が、またスポットライトを浴びるのだ。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』 著者:波戸岡 景太 / 出版社:集英社 / 発売日:2023年10月17日 / ISBN:408721284X 毎日新聞 2024年1月13日掲載
橋爪 大三郎
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