本物の医師は「全治○カ月」とは言わない。ニュースは何を基準にしているのか?
便宜的な「社会復帰までにかかる期間の目安」が「全治○カ月」に変換されている
しかし、誰もが社会生活を送っている以上、少なくとも「社会復帰できるタイミング」はどこかに設定しなければなりません。医学的に「治癒」を定義できなくとも、社会的に「治癒」を定義しなければ社会が立ち行かない、ということです。 ここで言う社会的な「治癒」とは、具体的には「職場に復帰できること」や「日常生活に戻れること」などを意味します。 例えば、私たちは交通事故で怪我をした患者さんに診断書を書く機会が多いのですが、ここには「治療期間の目安は◯日」といった記載をするのが一般的です。治癒までの期間を正確に予想することはできませんが、「社会復帰までにかかる期間」は便宜上数字で示さないと、職場も役所も保険会社も困るからです。 そこで、医師はあえて(社会からの無言の要請に応える形で)「このくらいになれば何とか社会生活が可能になるだろう」というタイミングを漠然と予測し、これを患者さんに伝えることになるのです。 報道などで言われる「全治○カ月」は、このような背景で医師がやむを得ず口にした数字が使われている、と考えるとよいでしょう。 むろん、医学的には治癒までの期間を明言すること自体に無理があるのですから、経過次第でこの期間は変わりえます。全治3カ月程度だと予測していた患者さんに、思わぬ病状の変化が起き、さらに1カ月社会復帰が遅れる、といったことは少なくありません。 病状がどのように変化するかは、どんな名医であっても正確に予想できません。したがって、病院で医師に「全治何カ月ですか?」と尋ねても、決して「3カ月ですよ」といったシンプルな答えは返ってこないのです。 なお、脳卒中の後遺症などで手足に麻痺が生じたケースでは、一定期間が経過すると症状が固定し、どうしても回復が見込めなくなります。この場合は、診断書に「症状は固定しており、これ以上の回復は困難と思われる」といった形で記載することになります。 リハビリをして社会復帰ができるようになっても麻痺は残っている、つまり、到達地点が「全治=完全に治った状態」ではない場合もあるということに注意が必要なのです。