中国版無敵の人「献忠」の正体…中国で「日本人の子供」を狙う無差別殺人が起きる「日本嫌い」以外の理由
■行き過ぎた「愛国主義」で中国人が暴走している 中国における対日感情は「悪い」。この事実に対して、いまさら驚く人は少ないだろう。一方で、数字を見ると少し興味深いことがわかる。 【図表】2013年は主に尖閣諸島問題で対日感情が悪化 2005年から定期的に日中両国で世論調査を行う「言論NPO」が23年10月に発表した調査結果によると、日本に「良くない」印象を持つ中国人は62.9%に上った。逆に、「良い」印象を持つ中国人は37%。日本に好意的な中国人は意外に多いと感じられるのではないだろうか。同調査では中国に「良くない」印象を持つ日本人が92.2%に達しており、実は日本の対中世論のほうが画一的であることがわかる。 日本人が中国を嫌う主たる理由のほとんどは、領海・領空侵犯など現代の相手国の行動に基づいている。一方、中国人が日本を嫌う理由は尖閣諸島問題など同時代的な要因に加えて、歴史問題の影響が大きい。 これを言い換えれば、中国人が日本を嫌う理由は、あまり身近ではない問題が根拠である場合も多いということだ。言論NPOの調査は、年収・学歴や在住地域ごとの回答内容を明らかにしていない。実際の対日感情は、社会階層や教育水準、地域によってかなりブレ幅があると考えられる。 実は、日本に旅行経験がある経済的に豊かな層の対日感情は悪くない。また、反体制的なリベラル派の中国人の中には、体制側の「愛国主義」教育に対するアンチテーゼのために、ことさら親日的な言動を取る人もいる。 若年層を中心に、アニメに深くハマっている人たちも日本に親和的だ。日本に好印象を持つ37%の中国人の多くは、こうした人たちが占めている。 一方、社会の多数派を占めるのは、日本が嫌いな62.9%の中国人だ。ただ、反日教育やデマ動画(※1)の影響が大きいとはいえ、彼らについても多くの人の感情は「なんとなく嫌い」にとどまる。自分の生活で関係がないものに、本気で怒ったり行動を起こしたりする動機は、彼らとて本来は薄い。 ※1:中国では尺の短い「ショート動画」を視聴できるSNSが爆発的に普及している。2022年12月時点のユーザー数は10億人以上となっているが、インプレッション稼ぎを目的としたデマも多い。特に日本関連の動画はヘイト的な内容でも野放しで、蘇州や深圳の事件の要因のひとつとみられている。 しかし、最近ではこれまでの事情が変化したように思える事件が続発。今年6月24日、江蘇省蘇州市で当時52歳の男が、日本人学校のスクールバスの停留所で刃物を振り回した。この事件では日本人母子が負傷し、バス会社の中国人スタッフの女性が死亡した。9月18日には、広東省深圳市の日本人学校に通う10歳の男児が、登校中に44歳の男に刃物で刺されて死亡している。 日本人以外では、アメリカ人の大学講師4人が55歳の男に刃物で斬りつけられて負傷する事件が吉林省吉林市で6月に発生。また、国外に目を向けると、オーストラリアやスイスで中国人による傷害事件が起きている。 中国当局は一連の事件の背景をほとんど明らかにしていない。しかし、一連の犯人らの少なくとも一部には「反日」もしくは「反西側」という政治的動機があるのは想像に難くないだろう。 中国人による外国人をターゲットにした傷害事件が頻発している背景は複数ある。その代表例が、近年の習近平体制下での排外主義感情の高まりだ。 中国はアメリカとの対立が深まった18年頃から、外交官が西側諸国に対して過度に攻撃的・挑発的な姿勢を取る「戦狼外交」を行っている。国内メディアでも、西側諸国への敵意を煽る論調が目立つ。また、コロナ禍で海外との往来が制限されたことで、中国国内では世論の内向き化が急速に進み、「愛国主義」と「国家安全」(スパイの摘発)が決まり文句になっている。 TikTokなどで急速に普及している「ショート動画」も、反日感情の高まりを後押ししている。中国のネット空間は国内政治やポルノに関連する言論を厳しく統制するが、他国への攻撃やヘイトスピーチは事実上の野放し。こうしたコンテンツはアクセスを集めやすく、結果的に「反日」や「反西側」を訴えて愛国感情を喚起するような言説やデマが大量に垂れ流されている。 蘇州と深圳で起きた日本人学校児童の襲撃事件も、外務省筋の見立てでは、「日本人学校はスパイの拠点」「治外法権の場所」といったデマ動画の影響が大きいとされる。中国では05~12年にも大規模な反日デモが何度か発生して日系企業の焼き討ちなどが行われたが、当時は日本人に直接的な暴力を加える例はほとんどなかった。それが近年になり、「子供の殺傷」という極端な行為が横行し始めたのは、デマ動画の蔓延が大きく関係していると考えられる。