無力感・敵意が権威主義化招く──自由を捨て、ナチスに走った中間層の心理
その中で、中間層の人たちには状況はより厳しいものでした。銀行預金や年金はハイパーインフレで紙くず同然になります。自営業者の同業組合であるギルドは、帝政期にはまだ残っていて生活保障の役割を果たしていましたが、ワイマール期の自由化の中で廃止されていきました。自営業者同士のヨコの関係が失われるとともに、ギルドで守られていた職業領域には大資本が進出し、厳しい競争にさらされるようになります。働けど働けどよくならない暮らしに無力感を感じる人は多かったでしょう。いい目を見ているように見える上流階級や労働者階級に敵意や反感を抱く人たちも現れます。 無力感や敵意は権威主義的服従や権威主義的攻撃の源です。そこに、強力なリーダーのもとでユダヤ人や共産主義者を排斥し、ドイツの栄光を取り戻すことを訴えるヒトラーが現れたのでした。権威主義化した中間層の人たちは、せっかく獲得した自由に背を向けてナチスのもとに走って行った……というのが、フロムが『自由からの逃走』の中で紹介しているシナリオです。
3 中間層の分解と権威主義
中間層の人たちが権威主義に走る例としてフロムはもう一つ、近代初期の宗教改革をあげています。16世紀のヨーロッパではアメリカ大陸の発見によって世界が大きく広がりました。南米からは大量の銀が輸入され商業が盛んになるとともに、インフレが発生します。海外貿易に乗り出して大きな利益をあげる層が現れる一方で、自営業者を中心とする中間層は打撃を受けました。彼らは経済力をつけた農民層からの突き上げも受けます。 社会変動に翻弄されて無力感を持つ一方で、上下の階層への敵意を募らせて権威主義的になった当時の中間層は、神への絶対的な帰依と反対者への永劫の罰を説く新しい宗教、プロテスタントに走っていったというのがフロムの見立てになります。1517年の宗教改革開始からプロテスタントが急速に支持を広げてカソリックに対抗する勢力に育っていった背景にはこのような要素もあったのでしょう。 中間層の分解が権威主義を招きやすいという予想は、現在の状況を見る上でも示唆的です。リーマンショック後の経済危機でアメリカやヨーロッパの中間層は打撃を受けました。トランプ現象やルペン現象はこのことと無縁ではないでしょう。日本ではかつて総中流と言われていた時代がありましたが、2000年代に入って格差社会へと社会の認識が転換しました。こうした状況は権威主義が広まりやすいとも考えられます。次回は、権威主義と現在社会の諸現象との関連を考えて見ましょう。 参考文献 アドルノ. 1950. (田中義久、矢沢修次郎、小林修一訳. 1980)『権威主義的パーソナリティ』. 青木書店. エーリッヒ・フロム. 1941.(日高六郎訳. 1952)『自由からの逃走』. 東京創元社. 保坂稔. 2004. 『現代社会と権威主義 -フランクフルト学派権威論の再構成』. 東信堂. 敷島千鶴, 安藤寿康, 山形伸二, 尾崎幸謙, 高橋雄介, 野中浩一, 2008. 「権威主義的伝統主義の家族内伝達 -遺伝か文化伝達か-」.『理論と方法』.23: 105-126.
---------- 大浦宏邦(数理社会学)帝京大学文学部教授 1997年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程卒業、1997年帝京大学文学部社会学科専任講師 主な著書・論文:『社会科学者のための進化ゲーム理論』(2008年勁草書房)、『自分勝手はやめられるか』(2007年化学同人)、「秩序問題への進化ゲーム理論的アプローチ」(2003年理論と方法)