無力感・敵意が権威主義化招く──自由を捨て、ナチスに走った中間層の心理
高得点者は愛情というより、厳しさが中心の家庭環境と言えそうです。フロムはそのような親子関係を禁止的親子関係と呼んでいます。あれしちゃダメ、これしちゃダメ、ああしなさい、こうしなさいと親が口やかましく子供に干渉してくるような関係です。そのような親の元では子供の自主性は伸びにくいですし、何かやろうとしても「ダメ!」と言われる経験を重ねると子供は無力感を持つようになってしまいます。 子供は自分から何かをする力が身につかず、小さいうちは親の言いなりになり、成人してからは親に代わる権威者の言うことを進んできくようになるでしょう。親や権威者と自分を同一視して無力感を紛らわせたりもするかもしれません。こうして権威主義的な服従性が生まれるのだとフロムは説いています。
自分を抑えつける親に対しては不満や反感も感じられることでしょう。ただし、この敵意は直接親に向けられることはありません。親の方が強いですし、同一視の対象でもあるので、親ではなく別の反撃してこない相手に敵意が向けられるようです。フロムは妹や弟、人形、ネコなどが攻撃の対象となる例をあげています。反撃してこない相手を攻撃することで、無力感を紛らわすこともできるでしょう。これが権威主義的な攻撃性のもとになると考えられます。 こうして禁止的な親子関係が権威主義的服従や権威主義的攻撃を生むとフロムやアドルノたちは考えました。その後の研究でこの説を支持するデータや遺伝の影響を示すデータが得られていますが、ある程度はうなずける考え方と言えるでしょう。
2 社会環境の影響
第一次世界大戦後のドイツ中間層に権威主義的な人が多かったのはなぜなのでしょうか。これは家庭環境の影響だけでは説明がつきません。当時の中間層の人たちが置かれていた社会環境の影響も考える必要があります。 人間の社会は大まかに言って、タテの関係とヨコの関係の組み合わせから成り立っています。タテの関係とは上下関係や支配と被支配の関係です。ヨコの関係とは同じ立場の人同士の協力や助け合いの関係です。どちらも重要ですが、社会が大きく変動してヨコの関係が損なわれるような場合には、タテの関係に過度に依存する権威主義的なパーソナリティが現れやすくなると考えられます。 第一次世界大戦後のドイツも大きな社会の変動期でした。ドイツ帝国が崩壊し当時最も民主的と言われたワイマール共和国が発足します。民主化と自由化の波がやってくる一方で、9ヶ月で15万倍も物価がハネ上がる天文学的なハイパーインフレーションや600万人が失業する大恐慌の荒波も押し寄せます。 このような状況でも、土地を持っている地主階級はインフレでかえって儲かったりしましたし、自由化に伴う規制緩和は資本家にとっては事業拡大の機会を与えました。工場労働者や農民にとっては経済的には厳しいものの、政治的な民主化は自分たちの意見を表明するチャンスともなりました。実際、共産党は大恐慌時に大きく票を集めています。