「あなたは恥ずかしい」という母の言葉が原点…ダウン症の子と暮らす宇津木妙子監督が考える「人を育てること」
──「選手育成」と「子育て」について、共通している部分は感じますか? 宇津木さん:彼女と接するとき、監督として選手に向き合うときと同様に「どうやって個性を生かしていくか」を考えてきました。大切にしているのは、「できたことを褒めてから、改善点を伝える」ということ。納得してもらうための言葉の使い方や、声の大きさにも気をつけています。 一緒に生活することで得る学びも多く、「叱ること」と「指導すること」の違いにも目を向けるきっかけをつくってくれました。
■子どもたちに「人間関係で大切なこと」を学んでほしい ── 現在は子どもたちへの指導もされていると伺っています。活動内容について教えてください。 宇津木さん:全国の幼稚園を巡り、スポンジ製のバットとボールを使った遊びを通して、ソフトボールの楽しさを伝えています。活動の中で大切にしているのは、「人に対しての思いやり」を育んでもらうこと。体を動かすことの楽しさや、空間認知力を育てるとともに、「人間関係で大切なこと」も学んでほしいと考えています。
毎回、キャッチボールやバッティングを始める前に、「もし人に当たっちゃったらなんて言えばいいかな?教えてくれない?」と質問を投げかけて、歩み寄るようにしています。子どもたちからは、すぐに「ごめんねって言うんだよ!」と返ってきます。なかには「もし当たっちゃっても『大丈夫、いいよ』って言うんだよ!」と教えてくれる子もいたりして。 ── コミュニケーションの大切さも伝えようとしているのですね。 宇津木さん:そうですね。人間関係において、言葉のキャッチボールはとても大切。ソフトボールをきっかけに、コミュニケーションを学んでほしいですし、「自分がやられて嫌だと思うことは、他の人にもやらないようにしよう」と感じてもらえたら嬉しいです。
ときには「なんでやるの?」と疑問を感じて、参加できない子もいます。「見ているだけでもいいよ」と伝えますが、みんなが練習を始めると参加しはじめて「楽しかった!」と終えてくれる。目的を明確にして取り組むこと、壁を感じたときに逃げない強さを知ることを伝えていけたらと思っています。 ── 今後の活動についての気持ちをお聞かせください。 宇津木さん:最高のソフトボール人生を歩んでいると思っています。親やきょうだい、地域の人、その年代で出会った人たちすべてが、私を支え、育ててくれました。これまで出会った人とのご縁を大切にして、今後もやるべきことを邁進していきたいです。
PROFILE 宇津木妙子さん うつぎ・たえこ。1953年、埼玉県で生まれる。1972年に日本リーグ1部のユニチカ垂井に入団後、日本代表選手として世界選手権に出場。1985年に現役を引退。ジュニア日本代表コーチを経て、実業団チーム・日立高崎の監督に就任し、1部リーグ優勝チームへと育てる。その後、日本代表監督に抜擢され、2000年のシドニー五輪では銀メダル、2004年アテネ五輪で銅メダルを獲得。2004年には、日本人では初めて国際ソフトボール連盟に指導者として殿堂入りを果たす。現在もソフトボール界の普及活動に尽力している。 取材・文/佐藤有香 写真提供/宇津木妙子
佐藤有香