ジンジャー・ルートの人生秘話 日本のカルチャーに救われ、「偽物」ではない自分の音楽を手にするまで
商店街、夜の浅草、細野晴臣との邂逅
―このアルバムは、日本とアメリカでレコーディングされてますよね? GR:そうですね。結構、日本でレコーディングしている曲も多いです。「Show 10」はアメリカでデモを書いて、日本で完成させた曲です。この曲は結構思い入れが深くて。5分と長いし、アルバムに入れようかどうか迷ってたんですよ。代わりになりそうな曲がほかに4曲ぐらいあったんですけど、デモを聴きながら日本の商店街を歩いてたら、すごくその風景と合っていて、インスピレーションを感じたんです。で、一気に作業して翌日には完成させて。 だから「Show 10」ってその商店街のことなんです(笑)。あと、英語では百点満点みたいな意味合いの「10 out of 10(10点満点)」という慣用句があって「完璧なショー」というダブルミーニングにもなっています。この曲にはアルバムでやりたかったことのあらゆる要素が少しずつ入っていて『SHINBANGUMI』という作品のコンセプトを最も的確に表している楽曲だと思います。 ―レコーディングにおける、印象的なエピソードはありますか? GR:なんだろうな……あ、そうだ。アルバムに「Kaze」という曲があるんですけど、あの曲のドラムとパーカッションは浅草にある古いスナックで録音したんですよ(笑)。 ―スナックですか? なんでまたそんなところで? GR:日本でツアーをやった後に、しばらく浅草に滞在していた時のことなんですけど。ある日、夜遅くにディナーを食べに行こうと思って街に出たら真っ暗でどこもやっていなくて。仕方なく、唯一やっていた餃子バーみたいなところに入ったんです。でも、餃子を食べ終わる頃には「もう今日は帰って寝たい。誰とも話したくない」って、結構うらぶれた気持ちになってて(笑)。そしたら、隣に座っていた男性が急に携帯電話を見せてきたんですよ。画面にはSpotifyが表示されていて、僕の顔が写っていたんです。「今ちょうど君の曲、聴いてたんだよ。君は……ジンジャー・ルートだ!」って大興奮(笑)。店のマスターをつかまえて、スピーカーで曲を爆音で流し始めて……正直、すごく恥ずかしかった(笑)。その人が「もう一軒、いきましょう!」って、スナックに連れて行ってくれたんですよね。一晩中、カラオケを歌って本当に楽しかったし、嬉しい経験でした(※そのときの動画はこちら)。 「Kaze」のレコーディングをしようってなったときに、そのスナックにドラム・セットが置いてあったのを思い出したんです。Instagramで連絡を取ったら「全然いいですよ」って言ってくれたので、飲み代と同じぐらいの100ドルをお支払いして使わせてもらったって感じでした。そのドラム・セットは本当に古い楽器で、多分、細野(晴臣)さんと同じぐらい年を重ねてるんじゃないかなって感じのいい年季の入ったものでした(笑)。 ―「Kaze」では、日本語で歌唱もしていますね。「Loretta」の日本語バージョンも以前リリースしていましたが、英語の元の詞がないという意味では初の挑戦で。「風」という単語は、ジンジャーさんが敬愛する細野晴臣さんがメンバーだった、はっぴいえんどや作詞家・松本隆さんにとっての重要なキーワードでもありましたが。 GR:「Loretta」の日本語バージョンは……まだ日本語を勉強し始めて4カ月ぐらいしか経っていない段階で書いた歌詞なので、超初歩的なものなんですよ。今のある程度、日本語が扱えるようになった自分が日本語で歌詞を書いたらどうなるんだろうと思ってつくったのが「Kaze」で。今言ってくれたように、はっぴいえんどや細野さんの遺伝子を継いでいる曲ですよね。「風」がかれらにとって重要なワードであるということも知っていました。 アメリカでは、エレクトロニカやアンビエントな細野さんのサウンドを真似しようとする人はたくさんいるんですけど、ティン・パン・アレーや細野さんの初期のソロ作のようなトロピカルなサウンドをやる人はいなくて。じゃあ、僕がやろう、と(笑)。 ―ちゃんと深く勉強してらっしゃるんですね。愛とリスペクトをもって……という言葉は伊達じゃない。昨年、細野さんのラジオ(『Daisy Holiday』)にも出演してらっしゃいましたよね。 GR:そうなんです。めちゃくちゃ緊張しました。細野さんはすごく優しいけれど、それだけじゃなくて、切れ味も鋭い方で緊張しましたね。ソファの隅に座って、タバコを吸って、たまに顔を上げてこちらを見るんです。「フジロックでライブをやるんですけど来てもらえませんか?」って言ったら、疲れたような微笑みを浮かべて「もうおじいさんだから……山はキツいかな。また今度ね」って言われて(笑)。めちゃくちゃカッコよかったし、ユーモラスな人だなあって感動しました。 細野さんもそうですけど日本に来るたびに、竹内まりやさんや大貫妙子さん、KIRINJIさんのような自分が憧れた伝説的なミュージシャンたちに会うことができていて、本当に自分は幸運だな、と。カリフォルニアから来たよくわからないガキンチョに貴重な時間を割いてくれるなんて、みなさん本当にいい人たちで……大阪で大貫さんのライブを観た時なんか、ずっと泣きっぱなしでしたよ。何年も聴いてきた彼女の歌声を生で聴くことができたんだから! ※本記事の取材後、ジンジャー・ルートと細野晴臣は今年7月に『Daisy Holiday!』で再び対面した