ジンジャー・ルートの人生秘話 日本のカルチャーに救われ、「偽物」ではない自分の音楽を手にするまで
愛とリスペクトから構成される「自分らしさ」
―そういう人生の奇妙さ・素晴らしさを実感するような圧倒的な経験って、自分自身を考え直すきっかけになりますよね。日本をそんなに愛してくださって、本当にありがとうございます。めちゃくちゃいい話をしていただいたので、もうここでインタビュー終わりでもいいのかなとか思っちゃったりもするんですが……でも、素晴らしいアルバムだったので、ぜひお話しを聞かせてください。 GR:ははははは。もちろん、もちろん(笑)。 ―『SHINBANGUMI』というタイトルには、どんな想いが込められているんでしょうか? そもそもなぜ自分自身を宣言する作品に日本語のタイトルを選んだんですか? GR:自分は中華系アメリカ人の3世で、日本人でもないし、日本に住んだことすらない。でも、日本の音楽や文化が大好きだし、共感する部分が多い。『Nisemono(偽物)』をつくったときは、そんな自分を揶揄するような思いも少し込められていました。自分はどこまでいっても偽物なんだ、と。『SHINBANGUMI』というタイトルにしたのは、これまでの自分とは全然違う、新しい自分が作った作品なんだということを宣言したかったんです。英語で『New Program』にすることも考えたんだけど、しっくりとこなくて……前のEPから続く、架空のTV局「十番テレビ」を舞台にしたMVのストーリーもあったし、このタイトルが相応しいと思ったんです。 ―少しタフな質問をさせてもらうと、あなたはそうした心の底から愛する日本の文化を「自分のもの」だと思っていますか? GR:素晴らしい質問だと思います。聞いてくれて、ありがとう。日本のメディアのインタビューではこうした質問を聞かれることはなかったから、ちゃんと説明させてください。まず、結論から言うと、僕は日本の文化を自分のものだとは思っていません。そして、いつも自分は日本の文化から影響を受けているだけで、その文化の代表者ではないという地点に立って、日本のイメージを捻じ曲げたり、雑に扱ったり、損ねたりすることのないように細心の注意を払って、正確にオマージュを捧げようと努力しています。 特にアメリカという国は日本だけじゃなく、アジア圏の文化を表象として扱う時に非常に不誠実なところがあります。表面的な部分だけだったり、ステレオタイプなイメージだけを、いつまでも利用し続けている。「新幹線」や「芸者」や「お箸」や「忍者」のような日本文化の奥深さを表すには不十分なアイコンをビッグ・アーティストたちが何のリスペクトもなく軽率に使用しているケースは多いです。 日本人からしたら僕も同じことをしているように見えるかもしれないけれど、さっきも話したように、自分は辛かった時期に日本のカルチャーに救われたので、僕の気持ちとしてはただ「こんな文化があって面白いし、素晴らしいよ」と紹介するだけじゃなくて、個人的な感謝と敬意の気持ちを表したいと思って、ものづくりをしています。 ―ありがとうございます。その深い愛とリスペクトが伝わっているからこそ、ここ日本には多くのジンジャーさんのファンがいるんだと思います。ジンジャー・ルートというプロジェクトは、特に日本で紹介される時はシティ・ポップと関連づけられた文脈で語られることが多いと思うんですけど、この『SHINBANGUMI』は驚くほど、いわゆるシティ・ポップではないですよね。 GR:いや、そうなんですよ。わかってくれて、嬉しい。前の作品のときも、アメリカのメディアでは「めちゃくちゃいいね。山下達郎さんみたいだね!」って言われたりして……「本当に聴きました?」って、ちょっと思った(笑)。もちろん光栄なことなんだけど、髪の長いアジア人っていうイメージだけで、そう言ってるんじゃないのかなあ(笑)。まあ、でも『Mahjong Room』はヴルフペックに影響を受けてるし、『Rikki』は達郎サウンドを目指した部分はあるから……仕方ないっちゃ仕方ないんですけど。 ―すべての新しい文化は様々な影響源を折衷的に編み合わせて、織り重なる文脈の上に生まれるものだと思うんですが、特にこのアルバムにおける影響源はなんでしたか? GR:『SHINBANGUMI』はテーマだけじゃなくて、音楽的にも何かや誰かになろうとしたアルバムじゃないんです。自分が好きで影響を受けてきたものを全部詰め込んで、全く新しい「自分らしさ」を追求した作品で。ザ・ビートルズ、ポール・マッカートニー、スティーリー・ダンにホール&オーツ、DEVOにB-52s、エレクトリック・ライト・オーケストラにYELLOW MAGIC ORCHESTRA、大貫妙子、竹内まりや、そしてヴルフペックと山下達郎――リストは延々と続くけれど、こうした敬愛する素晴らしいアーティストたちの音楽を聴きながら僕は育ってきて、自分という人間は構成されている。その顕れがこのアルバムであると言えると思います。 ―自分としても、まさに仰っていただいた通りのリスニング体験でした。清涼感のある「No Problems」は70年代の西海岸の雰囲気が出ていて。くぐもったサウンドの「Better Than Monday」はインディー・ロック。「All Night」はディスコ・ナンバー。「Only You」と「Show 10」にはAORやシティ・ポップ的なフレイバーが。今挙げてもらったアーティストで言うと「Giddy Up」はホール&オーツ風だし「Then There was Time」と「Take Back」からはマッカートニーの影響を感じます。 GR:おおむね、受け取ってもらった通りで間違いないと思います(笑)。「Giddy Up」は「DEVOがもしCMソングを作ったら」というテーマで作った曲で、そこにホール&オーツのエッセンスを入れた感じです。