ブルー・オーシャン戦略にまつわる10の誤解【前編】
■レッドオーシャンの罠 『ブルー・オーシャン戦略』の初版では、ブルー・オーシャン戦略の定義を示すとともに、戦略キャンバス、4つのアクション、6つのパスなど、商機にあふれた新しい市場を創造するためのフレームワークや分析ツールを提供することに重点を置いた。筆者たちは当時、「ブルー・オーシャン戦略を明快にわかりやすく説明できた。これで全読者の誤解を防げるだろう」と自信を持っていた。 ところがその後、この前提には隙があったと気づいた。読者の考え方はそれまでの経験や知識に左右されるため、ともすれば古い思考形態をもとにブルー・オーシャン戦略を解釈し、知らず知らずのうちにレッド・オーシャンの罠に陥っていたのである。ブルー・オーシャンの創造を妨げるレッド・オーシャンの罠は、主に10種類あるとわかった。 レッド・オーシャンの罠は、実務への意味合いが大きいため、ぜひとも理解しておくべきである。10の罠のうちどれか1つでも忍び寄ってきたら、遠ざけなくてはならない。ブルー・オーシャンを創造するには、正しい発想の枠組みが欠かせない。成功を手にするには物の見方がきわめて重要なのである。思考パターンは当人が自覚しているよりも深く根づいているものだ。ここでは、澄み切った海へ漕ぎ出そうとする組織をレッド・オーシャンに閉じ込める10の罠を紹介したい。 ブルー・オーシャン戦略の方法論とツールを実務で最大限に活かすには、適切に使いこなすうえでの指針となる基本概念を、正確に理解しておくことが必須である。 ■(1)「ブルー・オーシャン戦略は、顧客志向であるから、既存顧客を重視すべきだ」という誤解 ブルー・オーシャン戦略の立案に当たっては、既存顧客に目を向けるのではなく、顧客ではない層を探ることによって、市場の境界を引き直すうえでの洞察を得る。「ブルー・オーシャン戦略は顧客主導だ」と誤解すると、いつもの習慣で反射的に既存顧客に着目し、彼らにより大きな満足感を与える方法を見つけようとする。 このような視点に立つと、既存業界の顧客への提供価値を高めるヒントは浮かぶかもしれないが、新たな需要の創出にはつながらない。新規需要を掘り起こすには、顧客ではない人や企業に着目して、なぜこの業界の製品やサービスを購入しないのかを探る必要がある。業界の規模や境界拡大を押しとどめる弱点や制約要因を探り出すための最大のヒントは、顧客層ではなく非顧客層にこそ潜んでいる。 だからこそブルー・オーシャン戦略を構築するうえでは、新規需要を創出するために、非顧客層の3つのグループを分析して理解することが不可欠なのだ。他方、既存顧客に注目すると、従来と同じことを少ない見返りでより懸命に行う羽目になりやすく、ブルー・オーシャンを開拓したいという意図とは裏腹に、レッド・オーシャンの深みにはまってしまう。 ■ (2)「ブルー・オーシャンを創造するには、基幹事業以外の分野に進出しなくてはならない」という誤解 ブルー・オーシャンを創造してレッド・オーシャンに別れを告げるには、基幹事業以外の分野に進出しなくてはならないという誤解が散見される。これは当然ながらリスクを増幅させるように思われるし、実践するのは選ばれた少数の企業だけである。 ヴァージン・グループが古典的な事例である。近年ではアップルが、コンピュータ・メーカーから消費者家電・メディア分野の巨大企業へと飛躍した。ただし、これらはあくまで例外にすぎない。基幹事業の中心部に、同じくらい簡単に、しかももっと短期間に、ブルー・オーシャンを創造することができる。イエローテイルを生んだカセラ・ワインズ、Wiiの任天堂、クライスラー(ミニバン)、アップル(iMac)、フィリップス(プロフェッショナル向け照明のアルト)などを考えてほしい。 これらはすべて、既存業界のレッド・オーシャンの外ではなく、中から生まれたものである。したがって、「新規市場はどこか遠くの海にある」という見方は適切とはいえず、ブルー・オーシャンはどの業界にとっても、すぐそこにあるのだ。これはぜひとも理解しておくべき重要な点である。 「基幹事業以外に進出しなくては、ブルー・オーシャンは開拓できない」と思い込むと、レッド・オーシャンからの脱出に二の足を踏みがちである。あるいは逆に、自社の知識、技能、能力をほとんど活かせず成功へのハードルが非常に高い、本業とかけ離れた業界に目を向けて失敗し、レッド・オーシャンにはまったままになるのだ。 ■(3)「ブルー・オーシャン戦略には、先進テクノロジーが欠かせない」という誤解 ブルー・オーシャン戦略の本質は、技術革新それ自体にあるのではない。手始めにコミック・リリーフ、カセラ・ワインズのイエローテイル、ジェーシードゥコー、スターバックスなどを考えてほしい。これらはみな、最先端テクノロジーを用いずにブルー・オーシャン戦略に打って出た例である。 セールスフォース・ドットコム、インテュイットのクイッケン、アップルのiPhoneが切り開いたブルー・オーシャンは、テクノロジーと深い関係にあるが、利用者がこれら製品やサービスを愛顧するのは、最先端テクノロジーを用いているからではなく、むしろテクノロジーの存在を忘れさせてくれるからである。このうえなくシンプルで使いやすく、楽しく、しかも有用な製品やサービスに、魅了されてしまうのだ。 つまり、決め手はテクノロジーではない。ブルー・オーシャンはテクノロジーの有無にかかわらず創造できる。ただし、テクノロジーを活用するなら、そこから価値を引き出さなくてはいけない。「この製品(サービス)は、生産性、シンプルさ、使いやすさ、利便性、楽しさ、環境への優しさなどを、どう高めるだろうか」と自問しよう。このような価値を顧客にもたらさないなら、最先端テクノロジーを使っていても、ブルー・オーシャンの商機は開拓できないだろう。 新規市場を創造して買い手の心をつかむ決め手は、技術イノベーションではなくバリュー・イノベーションなのである。「ブルー・オーシャン戦略の肝は先進テクノロジーだ」と誤解した企業は、自社の土俵とかけ離れた分野、複雑すぎる製品・サービス分野、あるいは新規市場の開拓に必須の補完的なエコシステムのない分野に執着しがちである。 ■(4)「ブルー・オーシャンを創造するには、他社に先駆けるほかない」という誤解 ブルー・オーシャン戦略は市場への一番乗りを前提としない。むしろ、イノベーションを価値につなげて正しいやり方で市場に参入することにこそ、先陣を切らなくてはならないのだ。この点を理解するにはアップルの事例だけで十分である。 iMac以前にもパソコンは存在したし、iPod以前にMP3プレーヤーは存在した。iTunesはデジタル音楽ストアの第一号ではなく、iPhoneはスマートフォン第一号ではない。iPadにしても、初のスマート・タブレットかというと、そうではない。しかし、アップルのこれら製品はみな、イノベーションを見事に価値につなげた成果なのである。 「先行者にならなければ、ブルー・オーシャン戦略を実践したとはいえない」などと勘違いする企業は、まず確実に優先順位を誤る。迂闊にも、価値よりもスピードを優先してしまうのだ。スピードも重要ではあるが、それだけでブルー・オーシャンを開拓できるわけではない。市場に一番乗りしたものの、イノベーションから価値を引き出さないまま製品やサービスを販売してしまい、退場を余儀なくされた企業群の墓標が、産業界にはあふれている。 この罠を避けるには、「スピードも重要だが、イノベーションを価値につなげることのほうが、いっそう重要だ」という考え方を、折に触れて肝に銘じ、強調する必要がある。バリュー・イノベーションを実現するまでは、けっして安心すべきではない。 ■ (5)「ブルー・オーシャン戦略は、要するに差別化戦略のことである」という誤解 従来の競争戦略では、高コストと高価格のもとでプレミアム価値を提供することによって、差別化を実現する。メルセデス・ベンツが好例である。 差別化とは、市場構造を前提として、そこで価値とコストを天秤にかけた結果として引き出される戦略だ。かたやブルー・オーシャン戦略は、価値とコストの比較から脱して新規市場の開拓を目指す。差別化と低コストを同時に実現しようとするのである。 カセラ・ワインズのイエローテイルやコミック・リリーフのレッド・ノーズ・デイ(赤い鼻の日)は、間違いなくほかとは異なる戦略を掲げて差別化を実現しているが、低コストも成し遂げている。二者択一ではなく二兎を追うのが、ブルー・オーシャン戦略の真骨頂なのである。 「ブルー・オーシャン戦略は差別化戦略と同じだ」と思い違いをした企業は、ほとんどの場合、この二兎を追うという点を忘れてしまう。差別化を狙って「増やす」「創造する」を重視する反面、「減らす」「取り除く」ことによるコスト低減を軽視するのだ。こうして不用意に、既存市場に高付加価値・高価格の製品やサービスを投入するか、差別化によって狭い分野に特化するか、どちらかの立場をとり、バリュー・イノベーションを武器にして競争と無縁の立場を築かないままに終わる。
W. チャン・キム,レネ・モボルニュ