石神井公園駅前の再開発、地裁が認めた「執行停止」を一転、高裁が却下…なぜ? 住民に“回復不可能な損害”を与えかねない「深刻な問題」
弁護士が語る東京高裁「執行停止取り消し」の問題点
5月16日、本件訴訟について、再開発組合(被告側に訴訟参加)の求めにより口頭弁論が開かれた。 そして、これを受けて同日、原告の岩田紀子さんと原告側代理人の福田健治弁護士が記者会見し、一連の経過報告を行った。 会見において福田弁護士は、東京高裁が行った上記の執行停止の却下決定について、その不当性を指摘した。 第一に、執行停止の「重大な損害」要件の解釈について。 「財産上の不利益だけでなく精神的・肉体的負担も被るとしておきながら、なぜそれが重大でないと言えるのか。そこからしておかしい」(福田弁護士) 第二に、訴訟手続きの進行との関係でも、原告地権者の権利救済がおろそかになるという。 「解体工事がどんどん進んでいき、スケジュールでは今年12月までに終わることになっている。本件取消訴訟の一審判決が出るのは7月だからまだ良いとしても、(仮に請求が棄却され控訴した場合に)控訴審の判決が出る頃には、地域一帯は更地になっていることになる。 そうなれば、仮に裁判で違法が認定されたとしても、『違法だけども処分は取り消さない』という『事情判決』(行政事件訴訟法31条)がなされる可能性が非常に高くなる。 もしこのようなことが通るならば、街づくりをめぐる行政事件訴訟制度に欠陥があることになる。 原告側が執行停止を求めたのは、単なる現状維持に過ぎない。判決が出るまでは待ってほしいと求めているだけであって、それ以上のことは求めていない」(福田弁護士)
高裁は「旧法下の先例」に引きずられた?
なぜ、地裁と高裁でこのように判断が分かれることになったのか。 福田弁護士は、東京高裁が行った執行停止却下決定は、旧法下、すなわち2004年の行政事件訴訟法改正前の裁判例に影響された可能性があると指摘する。 その先例とは、あきる野インターチェンジ建設工事における土地収用をめぐる裁判で、東京地裁が執行停止決定を下したが、その後一転して、東京高裁、最高裁ともに執行停止を否定したというものである。 「そのときの最高裁の決定は、本件決定と同様、肉体的・精神的負担があるものの、代替地の提供があるので、『回復困難な損害』はないとした。しかし、その後、法改正がなされ、要件が緩和されている。 また、今回のケースでは、原告地権者が所有するビルの中に住居があり、医院を経営しているという環境が奪われる。 東京高裁の却下決定は、なぜ法改正が行われたかという趣旨を踏まえていないのではないか」(福田弁護士) 執行停止において重要な要件は、処分の続行により、原告が「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」ことである。そして、この「重大な損害」がどのようなものかについては、法25条3項が以下のように解釈指針を示している。 (行政事件訴訟法25条3項) 「裁判所は、(中略)重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」 つまり、以下の要素をもとに実質的に判断すべきと定めているのである。 【「重大な損害」の考慮要素】 ・損害の回復の困難性 ・損害の性質 ・処分の内容・性質 執行停止の制度は、2004年に行政事件訴訟法が改正された際に、利用しやすいように要件が緩和された。 すなわち、現行の行政事件訴訟法25条2項は、原告側の損害の要件について旧法が法改正前は「回復困難な損害」と規定していたのを、「重大な損害」へと緩和したものである。 また、それと同時に実質的な解釈指針(同条3項)が付け加えられ、「損害回復の困難性の程度」は「重大な損害」の有無を判断するための一要素へと「格下げ」されている。つまり現行法が施行された2005年4月以降、執行停止の制度は、それ以前よりも広く認められるようになったといえる([図表2]参照)。 このように、あきる野インターチェンジの事件から今日までに法改正が行われ、執行停止の要件は緩和されている。もし、裁判所が、このことを踏まえず、旧法下での判断枠組みをそのまま下敷きにして判断を下したとすれば、法改正の趣旨がないがしろにされている疑いがあるということになる。