「韓国の映画好きはいま日本人監督の作品を観ている」気鋭の若手作家が語る、韓国映画界の“知られざる一面”
影響を受けた世界の小説
日本の映画に多大な影響を受けたイジェさんだが、執筆においては『ゴドーを待ちながら』のサミュエル・ベケット、独創的な文体で言語の世界を探求する韓国の作家ハン・ユジュ、20世紀オーストリアを代表する作家のひとりトーマス・ベルンハルトなどに影響を受けた。 イジェ 「ベケットは“何もないことを語る”作家として知られています。なんでもないことを並べていることが、ホワイトノイズのようなんです。沈黙を語ることで、沈黙に近づいている、そんなアプローチの仕方によって、なんでもないことがエネルギーになるような、そんな風に生きられるんじゃないかと感じられるところが魅力だと思います。 ハン・ユジュの場合は、小説というものが言語によってできているのだと感じさせてくれた作家です。面白いことを書くのが小説なのではなく、言語を通じて物語を書くということが小説なのだということに気づかせてくれました。 トーマス・ベルンハルトは、反復が多くリズムを感じる独自の文章形式のなかで、人生の問題や暮らしを描いています。日常のなかで歯磨きをしたり、散歩をしたり、そういうごくごく当たり前の行為とともに我々は生き続けているんだということを、文章によって表現していると思います」 数々の作家に影響を受けたイジェさんの『0%に向かって』も、韓国で今を生きる若者たちの息遣いが聞こえるような「何でもない」「ごくごく当たり前の」日常が鮮明に描かれている。 イジェ 「私の小説を読んだ複数の友人から、2019年に公開された韓国の独立映画『チャンシルさんには福が多いね』のことを思い出したという感想をもらいました。仕事一筋に生きてきたチャンシルが失職を機に人生を見つめ直す物語です。 生活や暮らしには、劇的な何かが必要なわけではないし、劇的な成功が必要なわけでもなく、よく食べて、よく暮らして、よく一日を過ごすということが大切なのではないでしょうか。以前はそのように生活を意識することは少なかったかもしれません。でも今の若い世代はそんな風な認識に変わっていきつつあるのを感じます。私は小説を書くことを通して、そういう生き方を考えていきたいと思っています」