アスリートを雇用する企業は「選手のキャリア形成」を考えられているか?
人事評価や指導方法を変えられる
企業が、企業スポーツ選手のキャリア意識と競技成果とに正の影響関係をつくりだそうとしているか、その意図を論理的に確認する方法を二つ紹介しよう。 一つ目は、企業スポーツ選手に対して人事評価をする際に、キャリア意識の向上を競技力の向上に結び付けられているかを評価項目に含めることができているか。二つ目は、スポーツ指導者が社業スキルの向上と競技スキルの向上を結び付けるような指導を選手に行なっているか、である。 多くの企業では、そのようなことができていないと思われる。なぜなら企業スポーツ選手に対して、社業のことは職場の上司が指導・評価し、競技のことはスポーツ指導者が指導・評価する、という分業体制になっているからである。 スポーツ指導者が社業を評価できず、職場の上司がスポーツのことを評価できない。ゆえに、スポーツスキルの指導・評価と社業スキルの指導・評価が実質的に分離されていて、企業と選手が同じほうを向けていない状態になっている事例が少なくない。 バランス理論からすると、習得すべきスキルの指導・評価内容について企業とアスリートが対話することは、生産性改善案を検討するうえで重要なことである。だが企業スポーツ選手のキャリアの議論では、こうした検討が十分になされないなか、アスリートにとにかくキャリア教育しなければならないという考え方が先行していたり、強くなった選手はプロ化させましょうという話が安易に出ていたりすることを、筆者は懸念している。 以前、ある企業スポーツチームの監督から「レクサスがトヨタでつくられたように、またM&Aされたランボルギーニの開発がアウディで進んだように、企業スポーツというカテゴリのなかでプロと同様に活躍する選手を育成したい」という希望を聞いたことがある。 自動車製造業にとって、プレミアムカーやスーパーカーをつくることは重要である。しかしこの監督の話が示唆するように、企業にとってエリートアスリートを育成することは重要視されていないかもしれない。こうした状況が自社に当てはまるとしたら、企業とスポーツとのあいだのバランスについて熟議されていない状態だと言わざるを得ない。 企業活動とスポーツ活動のバランス理論で企業スポーツ選手のキャリア形成を熟議することこそが、スポーツ庁をはじめとした、アスリートのデュアルキャリアを推進する主体にとっての喫緊の課題ではないか、と筆者は考えている。 なお、こうした意見に対しては、超トップ選手ほどキャリア意識と競技成果を自然にプラスに結び付けているから、熟議の必要がないという反論がある。しかしそのような選手は、引退後に所属企業に残らなかったり、プロ契約したりしているのが現状である。 実際、SNSをやったり自分で会社を経営したりしている選手は、正社員ではなくほぼプロとしてみなされている契約選手である。これは、企業とスポーツとのあいだのバランスを議論した結果というよりは、安易に、つまりそれほど議論せずに両者の関係性を解消してしまった結果、と言えないだろうか。 企業スポーツの範囲で何が可能か、企業とアスリートがよく対話し、バランスをよく考えた取り組みができているのか、という点を改めて強調しておきたい。 最後に、企業スポーツ選手に対して人事評価をする際に、キャリア意識の向上と競技力の向上を結び付けて人材育成をしている事例を紹介しておきたい。 筆者が調査を行なった際、チームの監督であっても正規社員かつ部長クラスであり、職場での人事評価にも詳しい人に出会ったことがある。その監督は、オリンピック選手を育成する指導力をもちながらも、次期人事部長と言われるほど、社内的な人材育成方法にも精通していた。 ただし、こうした人材が直接的に選手指導にかかわっている事例は少ない。2015年に筆者は、トップレベルのアスリート社員を正規雇用する69社に対して、笹川スポーツ財団と共同で調査をした。その結果、選手を指導する監督が正規社員かつ部長クラスである率は、15.8%であった。当時と状況は変わっているかもしれないが、今後もそうした最新状況について調査し、発信していきたいと考えている。
中村英仁(一橋大学経営管理研究科経営管理専攻准教授、商学部准教授)