20世紀最大の女性思想家が語った「地球疎外」という考え方…それがいま「大きな意味をもつ」理由
メタバースへの欲望はどこから
私たちは、こうした地球疎外と同じ構造を、メタバースへの欲望のうちにも見出せるのではないか。メタバースは、「物理空間に縛りつけられている人間がようやく物理空間を脱出する第一歩」として理解されているのではないか。そして、そうであるとしたら、それはアーレントが洞察した地球疎外を、一段と深刻化させた疎外の感情に基づいているだろう。 地球疎外が問題であれば、私たちは宇宙に出れば欲望を満たすことができる。しかし、物理空間が嫌悪されているなら、宇宙に出ても問題は変わらない。なぜなら、宇宙もまた物理空間に含まれているからだ。 あるいは、こう考えることもできるかも知れない。地球疎外に駆られて宇宙開発をした人々は、宇宙に対しても失望を抱き、とうとう物理空間そのものを脱出しようと願うようになった。そしてその夢を叶えるテクノロジーとして、メタバースに白羽の矢が立った。そのようにして、地球疎外は「物理空間疎外」へと進化したのである。 そうであるとしたら、アーレントが宇宙開発に対してそうしたように、私たちはメタバースに対して、その背後にある政治的な意味を探究する必要があるだろう。ただしこの場合の「政治」は、彼女にならって、広義に理解されなければならない。私たちがこの世界で他者とともに何かを始めることが、彼女にとっての政治の本質である。メタバースは、その本質をどのように変容させるのだろうか。 メタバースへの欲望には、人間が置かれているどのような状況が反映されているのだろうか。そしてメタバースは、私たちの他者との関わりを、あるいはこの世界との関わりを、どのように変えていくのだろうか。本書は様々な角度からこの問題に迫っていきたい。 * さらに『「ゲーム」と「SF」が、これからの社会を考えるうえで「重要な意味」をもつ理由』(12月7日公開)へ続きます。
戸谷 洋志