20世紀最大の女性思想家が語った「地球疎外」という考え方…それがいま「大きな意味をもつ」理由
アニメやゲーム、映画の中だけの出来事だった「仮想現実」や「仮想空間」。 それらを「現実」のものにする革命的技術・メタバースの名が広まって早数年、VRやスマートグラス、Apple Vision Proが登場し、その存在はより身近なものになりつつあります。 【漫画】床上手な江戸・吉原の遊女たち…精力増強のために食べていた「意外なモノ」 しかし、そもそも私たちはなぜメタバースに、仮想空間という「もう一つの現実」に行ってみたいと思うのでしょうか。 そこには人間の根源的な、ある「欲望」があるのではないかと、哲学者の戸谷洋志さんは分析します。 戸谷さんの新著『メタバースの哲学』から、私たちの未来を変えるかもしれないメタバースの「正体」に迫るヒントをご紹介します(『メタバースの哲学』の一部を抜粋・再編集しておとどけします)。 【前の記事】「「仮想現実は危ない・怖い」と思える人は、じつは「幸福な人生」を送っているのかもしれない」では、「物理空間から解放されたい」という願いが、メタバースや仮想空間への欲望を高めている可能性について指摘しました。しかし、こうした欲望は、けっして新しいものではないといいます。どういうことでしょうか? *
根源的な地球への嫌悪感
政治思想家のハンナ・アーレントは、1950年代において、宇宙開発をめぐる熱狂のうちに、これとよく似た状況を洞察していた。彼女は主著『人間の条件』のなかで、1957年のソ連の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功を取り上げ、次のように述べている。 ところが、まったく奇妙なことに、この喜びは勝利の喜びではなかった。実際、人びとの心を満たしたのは、驚くべき人間の力と支配力にたいする誇りでもなければ、畏敬の念でもなかった。むしろ、時の勢いにまかせてすぐに現われた反応は、「地球に縛りつけられている人間がようやく地球を脱出する第一歩」という信念であった。 アーレントによれば、人間が宇宙開発を行う動機は、宇宙そのものに価値があるからではなく、それによって人間が地球において与えられる条件から逃れたいからである。彼女はそこに、人類の歴史における現代社会の特異性を見いだす。なぜなら、「人類の歴史の中でいまだかつて、人びとが本気になって、地球は人間の肉体にとって牢獄であると考え、文字通り地球から月に行きたいとこれほど熱中したことはなかったからである」。 彼女はこうした地球への嫌悪の感情を、「地球疎外」と呼び、そこに含みこまれている政治的な意味の解明を、同書の主題の一つに据えている。