〈解説〉オランウータンが「薬草」で自分の顔の傷を治療、野生動物で初めて観察
薬効をどうやって知ったのか
ラウマー氏も、オランウータンの高い知能に関してラガンティ氏の意見に同意するが、ではラクスはどのようにしてアカルクニンが持つ治療効果を知りえたのだろうか。 「アカルクニンを食べていて、たまたまそれを触った手で傷に触れたら、すぐに痛みが和らいだことに気づいたため、何度も傷に塗るようになったのかもしれません」 または、子どもの頃に母親か別のオランウータンの行動を見て学んだ可能性もある。これを、「覗き込み行動」と呼ぶ。「霊長類、特に類人猿は、子ども時代が長いという特徴があります。その間に多くを学べます」と、ラガンティ氏は言う。 オランウータンの母親は、子どもが生まれてから7~8年間集中的に育児を行うため、ラクスもこれを母親から学んだ可能性がある。しかし、おとなのオランウータンにも覗き込み行動が見られた記録がある。ラクスもおとなになってから学んだということも考えられる。 さらに、人間と類人猿の最後の共通祖先が似たような行動を取っていた可能性もある。
過去の観察記録
野生の霊長類が薬効のある植物を噛んだり、飲み込んだり、使用しているのが観察されたのは、これが初めてではない。 1960年代初期に、有名な霊長類学者で人類学者のジェーン・グドール氏が初めて、タンザニアのチンパンジーのフンの中から、薬効のある植物の葉が見つかったことを報告している。それ以来、他の群れでも、傷口をきれいにしたり、病気を癒すために、植物や昆虫を食べたり使用したりする行動が観察されてきた。 しかし、米デューク大学の著名な名誉教授で進化人類学者のアン・ピュージー氏は、いずれの場合も「どんな葉を使ったのかまでは特定されていませんでした」と話す。2022年2月7日付で学術誌「Current Biology」に発表された論文では、アフリカのガボン共和国でチンパンジーが昆虫を傷口にこすりつけるという行動が報告されているが、このときも、どんな昆虫が使われたのか、どのような効能があったのかなどは特定されていない。 ラクスの行動が重要なのは、使用した葉に薬効成分があることがよく知られているためだ。また、ラクスはゆっくりと時間をかけて、丁寧に傷の手当てをし、治りも早かったと、ピュージー氏は言う。 「研究対象の集団でまだ1度しか観察されていないため、その起源については多くの疑問が残ります。しかし、自分で自分を治療するという行為は、私たちの進化の過程に深く根差しているのかもしれないということがここからも読み取れます」
文=Daryl Austin/訳=荒井ハンナ