〈解説〉オランウータンが「薬草」で自分の顔の傷を治療、野生動物で初めて観察
驚きの光景
ラクスは、2009年から研究センターのなかやその周辺で暮らしている。2022年6月のある朝、研究者たちは、ラクスの右目の下の頬に大きく擦りむいた傷があることに気づいた。 その前に、ラクスは監視エリアの外に出て行っていたため、どのようにして負傷したのかは誰にもわからない。おそらく、木から落ちて枝にぶつかったのか、他のオランウータンと争ったときに負った傷だろうと思われる。 いずれにしても、傷はその後数日間膿み続け、「かなり悪いように見えました」と、ラウマー氏は言う。 3日目に、研究者たちはラクスがアカルクニン(Fibraurea tinctoria)というつる植物を探し求め、それを食べている様子を観察した。一般に傷の手当てや赤痢、糖尿病、マラリアの治療に使われている植物だ。 わざわざアカルクニンが生えている場所まで行って食べるという行動自体が極めて珍しいと、ラウマー氏は指摘する。「私たちのデータを見ると、ここに生息するオランウータンが食べるもののうち、アカルクニンが占める割合はわずか0.3%です」 ラクスの傷が感染症を起こしたり、発熱していたりしたら、理論的にはアカルクニンを食べることで症状は改善しただろう。ラクスがそうと理解してこれを食べていたのだとしたら驚くべきことだと、研究者は考えた。とはいえ、その時点ではまだ単なる憶測にすぎなかった。 しかし、次にラクスが取った行動は意図的としか思えないものだった。 「ラクスは、葉をちぎって口に入れると、飲み込むことなくそれを噛み、抽出した液体を直接自分の傷口に塗っていたんです。それを何度も繰り返していました」 このようにして7分間傷の手当てを続け、その後さらに約30分にわたってアカルクニンを食べ続けた。 「植物の液を傷口だけに塗っていたという点が重要です。体のほかの部分には付けていませんでした」と、ラウマー氏は強調する。そして今度は、噛んだ後の葉を「湿布のように」傷口に貼り付けた。 翌日も、ラクスはまたアカルクニンを食べに戻ってきた。3日後、傷口はふさがれ、順調に回復しているように見えた。1カ月ほどで、傷はほとんど目立たなくなった。 米オハイオ州にあるケント州立大学の人類学部長で生物人類学者のメアリー・アン・ラガンティ氏は、ラクスの行動について「注目すべき発見」としながらも、「オランウータンの高い知能を考えれば、それほど驚くことでもありません」と話す。