“熟成酒”を世界へ。スモール&ラグジュアリーな熟成酒専門店から見える日本酒の未来
江戸時代には保存・熟成させた酒が珍しくなかったのは文献などからも明らかだが、明治以降、製造した酒の量に応じて課税(造石税)されるようになったことから廃れてしまった。 そのため古酒・熟成酒について、現在のところ公的なレギュレーションは定められておらず、1990年4 月から適用されている国税庁の「清酒の製法品質表示基準」では、1年以上貯蔵した清酒について、1年未満の端数を切り捨てた貯蔵年数をラベルに表示することが認められている程度だ。 〈熟と燗〉では、売れ残りを保存しただけの質の悪い古酒ではなく、明確な方針のもとに熟成酒を「設計」する百数十の蔵を全国からピックアップ。ほぼすべてを試飲したうえで、信頼に足る酒蔵・製品に絞って、実店舗、バー、ECサイトでの紹介を始めている。 「熟成酒の特徴として挙げられるのは、アミノ酸やコハク酸などに由来する複雑なうまみ、豊かな香り、まろやかさなどです。これを食中酒として料理に合わせたとき、ワイン同様のマリアージュが楽しめるだけでなく、ワインではカバーしきれないスパイシーな料理にまで寄り添える。 さらに熟成酒の場合は冷酒からお燗まで、温度帯を変えることで、より複雑な調整が可能になります。これもワインにはないアドバンテージ。おかげでもともと熟成酒のファンだった方たちはもちろん、これまでワインを楽しんでこられた方たちが、国内だけでなく海外からも強い関心を寄せ、購入してくださっています」 熟成酒のおいしさが普及し始めたら、次はワインにおけるプリムール(樽で熟成中のワインを一部先行販売するボルドー独自のシステム)同様、顧客に品質が保証された熟成中の酒を販売、蔵には確実にキャッシュが入り、顧客は高品質な熟成酒を割安で買って資産化する、という仕組みを検討する必要が出てくる。 また国税庁など公的な機関が定める品質保証制度のほかに、マーケット側、すなわち売り手・飲み手側からの評価の仕組みも成熟させていかなければならない。 現在〈熟と燗〉のECサイトで公開しているテイスティングコメントは、醸造の技術や化学に通じたうえで、それを自身の官能につなげて評価できる少人数のテイスターチームーいずれも実名を明らかにしており、なかには元国税局主任鑑定官も加わっているーが執筆している。 いずれは星の数を競ったり、飲み手がそれぞれの主観に従って採点したり、という定量的な評価も含め、多様な評価の軸ができてくるだろうが、まずは飲み手に安心して買ってもらえるよう、責任ある評価を確立したい。 その基準も、これまでの日本酒の価値観をはみ出すような味、香りを包摂する多様性を認めていきたい。そうやって環境を整えていった先に、熟成酒づくりに挑戦する蔵の増加が見えてくる。 蔵から飲食・販売店、消費者まで、日本酒に関わるすべてのプレイヤーを巻き込む大きな「戦略」が、わずか5席のバーから動き出している。
御立尚資(みたち・たかし) 熟と燗代表取締役会長、京都大学経営管理大学院特別教授。1957年生まれ。京都大学文学部卒業。ハーバード大学にて経営学修士を取得。日本航空、BCGを経て楽天グループほかの社外取締役、大原美術館理事などを務める。 熟と燗 住所:東京都千代田区三番町7-16 1F/B1F TEL.080-8015-5274 営業時間:14時~20時 定休日:火・水曜 https://sakematured.com/