平地だったら「転ぶだけ」と思いがち…じつは、山での「下りで脚がガクガク」は、「滑落事故」につながっている「驚愕のデータ」
身体トラブルと事故とのつながり
図「長野県の山での過去20年間の事故」は、代表的な山岳県である長野県での、過去20年間の事故の統計です。最も多いのは「転倒・転落・滑落」という転ぶことに関連した事故で、過半数を占めています。元の資料では、「転倒」と「転落・滑落」とは区別されていますが、どちらも転ぶことが主要因となっているので、身体的に見た要因は共通だと考えて、本書では同じくくりとしました。 転ぶ事故の状況を詳しく見ていくと、その多くは難しい岩場などではなく、登山道を歩いているときに起こっています。そして上りではなく、下りでの発生が多いことが特徴です。転ぶ事故は、端的にいえば、脚の筋力が弱い人に起こります。これには、もともと筋力が弱い人だけでなく、登山中に疲労して筋力が低下してしまった人も含まれます。 ここで注目していただきたいことは、さきほどあげた2つの身体トラブル発生状況のグラフに示した「筋肉痛」「下りで脚がガクガクになる」「膝の痛み」というワースト3のトラブルも、脚力の弱い人が山道の下りで起こしやすい、ということです。 つまり山で圧倒的に多い転ぶ事故には、脚筋力の不足や、疲労による脚筋力の低下が密接に関係しているのです。特に「下りで脚がガクガクになる」については、転ぶ一歩手前の状況だといえます。
登山事故を防ぐには、まず身体トラブルを防ぐ
図「長野県の山での過去20年間の事故」に戻って、ほかの事故についても考えてみます。「病気」は10%となっていますが、その中でも目立つのは心臓疾患による死亡事故です。これは山道の上りで起こることが多いのですが、「上りで苦しい」というトラブルはその前駆症状だといえます。また「疲労・凍死傷」についても、疲労への対策が適切に実行されていれば、防ぐことが可能な事故です。 「転倒・転落・滑落」「病気」「疲労・凍死傷」の3つを合わせると、事故全体の約75%を占めますが、これらは身体的な要因によって起こるものが大部分だといえるのです。そう考えると、登山事故を防ぐには、まず山での身体トラブルを防ぐことが大きな鍵になることがわかると思います。 *今回取り上げた身体トラブルのうち、「転倒・転落・滑落」に関する事故を示唆する実験結果があります。続いて、この驚くべき実験結果をご紹介します。 登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術 安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。豊富なコラムで、楽しみながら知識が身につけられます!
山本 正嘉(鹿屋体育大学名誉教授)