いくら進化しようとも、この世界に「極楽は実現しない」…それでも「人類は極楽を作ることができる」と考えられる、じつに納得の理由
血縁者のための利他行動とは
ある個体が利他行動をしたために、血縁者の適応度がAだけ増加し、一方その個体自身の適応度はBだけ減少したとする。このとき、両者の血縁度をrで表すと、以下の値がプラスの場合は利他行動が進化すると考えられている。 Ar-B 血縁度rは「近い祖先から受け継いだ遺伝子の共有率」のことで、私たちヒトの場合、親子の血縁度は1/2、兄弟姉妹も1/2、祖父母と孫なら1/4になる(血縁度の定義は複数あり、これはそのうちの一つである)。 Ar-Bをプラスにすることはけっこう難しく、かなり重要なことで血縁者を助けたり、かなり多くの血縁者に尽くしたりしなければ、プラスにすることはできない。しかし、そうはいっても、血縁淘汰によって利他行動が実際に進化した例は、いくつも報告されている。 それでは、地上の極楽に話を戻そう。地上の極楽は、この血縁淘汰によって作り出すことが可能だろうか。さきほどの地上の極楽に住んでいる人々は、とくに血縁者である必要はない。ルールを守ってくれる人ならば誰でもよいのだ。もしも地上の極楽に住んでいる人々が血縁関係にないのであれば、血縁淘汰による進化で地上の極楽を作ることは難しそうである。
「血縁淘汰」以外の方法で、利他行動は進化するか?
血縁淘汰で地上の極楽を作ることが無理でも、もしかしたら別の方法で作ることができるかもしれない。その方法とは「集団のための進化」である。 「生物は、自身の種を保存するように進化する」という意見を聞くことはわりと多い。たとえば、サケは川で生まれてから海に下り、そこで数年を過ごす。その後、産卵期になると、ふたたび川に上ってオスとメスでつがいを作り、産卵と放精を行う。 その後まもなく、多くの個体は死んでしまう。このように、生涯に1回しか繁殖をしない生物は他にもいるが、これは一見、個体ではなく種のために進化した行動のように思える。しかし、本当にそうだろうか。 サケのメスは、砂利の下に卵を産むことが多い。しかし、別のサケが卵を産もうとして同じ場所にやってくると、先に産んであった卵を退けてしまう。そして、退けられた卵は死んでしまうのだ。 もしも先に卵が産んである場所を避け、少し条件が悪くても別の場所で産卵すれば、種全体としての出生率は上がるはずだ。しかし、そうはしないのである。また、オス同士も、少しでも多くの卵を自分の精子で受精させるために、激しい闘いを繰り広げて消耗してしまうことがしばしばある。 これらの行動は、明らかに自分の子孫を増やすための利己的な行動であって、種を保存させるための利他的な行動とは考えにくい。