日本の与野党が主張する「大規模減税」「補助金給付」は無理筋だ… イギリスの失敗から考える
大規模減税の即時撤回で持ち直したイギリスの金融市場
深刻な金融不安を受け、与党・保守党からも大規模減税案の即時撤回を求める声が上がったが、トラス元首相はその実現にこだわった。 結局、トラス元首相は大規模減税を立案したクワシ・クワーテング元財務相を解任し、タカ派の財務相に任命して市場の動揺を抑えようとしたが、うまくいかず10月20日に辞任を表明した。在任期間はわずか50日であった。 皮肉を好むイギリスの国民性ゆえ、エコノミスト誌はトラス元首相が就任してから大規模減税案の発表で権威を失うまでの期間が7日間だったので、「レタスの賞味期限とほぼ同じだ」と報じた。これを受けて大衆紙デーリー・スターは、10月14日にトラス英首相の去就に絡み、辞任が先か、レタスの賞味期限切れが先かの日数を数える企画をネットで行った。結果として、トラス元首相はこの企画の6日後に辞任した。 かつて「鉄の女」といわれたマーガレット・サッチャー元首相を尊敬しているとしながら、真逆の経済政策を志向したトラス元首相の賞味期限は、レタスよりも短かったわけだ。 その後、トラス元首相は、2024年7月の総選挙で落選、首相就任からわずか2年後には国会議員の資格すら失った。 注:マーガレット・サッチャー元首相は減税によるバラマキよりも民営化や自由化といった競争刺激策を重視してイギリス経済を復活に導いたことで知られる。
イギリス新政府が目指す「大きな政府」とは
イギリス経済を大混乱に陥れたトラス元首相だったが、後継のリシ・スナク前首相も保守党の支持率を高めることができず、2024年7月の総選挙で14年ぶりとなる政権交代が実現した。 新たに就任したキア・スターマー首相の下で、新政権は10月30日に新年度予算案を発表した。その特徴を一言で表すと、イギリスは「大きな政府」を目指すものだ。 「大きな政府」とは、保障を手厚くする代わりに、多額の税金を取るという財政運営を意味する。実際にスターマー政権は、企業向けを中心とする400億ポンド(約8兆円)の増税を行うようだ。そうして得た資金を基に、日本の健康保険に当たる国民保険サービス(NHS)などの公共サービスを拡充するほか、住宅や学校などの整備を進める。 下野した保守党の党首であるスナク前首相は、スターマー首相のこうした増税路線を批判する。企業中心の増税では企業の負担が増えるため、給料も目減りする恐れがある。一方のスターマー首相は、大きな政府を目指そうと目指すまいと、そもそも14年間続いた保守党政権の下で財政が悪化したため、増税に基づく財政再建は急務であると反論する。 スターマー政権の経済政策は、中道左派の立場をとる労働党の伝統的な経済運営観だが、労働党が求める「大きな政府」路線は、今のイギリス経済の苦境を脱する妙薬にならないどころか、かえってその病状を長引かせてしまうかもしれない。一番の薬は、増税などで歳入を増やさない代わりに、経済対策で歳出を膨らませないことである。 つまり「大きな政府」ではなく「小さな政府」を目指すことだが、労働党にそれはできない。 大きな政府を目指す経済運営はスタグフレーション(景気停滞と物価高進の併存)の時代にはマッチしないのかもしれない。