湯船で交わしてきたいくつもの会話 “驚かなかった”キャプテン継承…誰もが認める“資質”【コラム】
神戸の新キャプテンになる山川「僕には僕なりのキャプテンの姿があるのかなと思う」
「個人的にはこのチームのなかで、ヴィッセル神戸へ最も強い思いを持つ選手だと思っています」 山口が「テツも育成出身だし」と最終節後の取材エリアで語ったのは、山川のこうした熱い思いをすべて感じ取っていたからにほかならない。セレモニー後にスタジアムの場内をまわったときに、山口から「頼んだぞ」と短い言葉をかけられた山川は意を決するように「頑張ります」と返した。 「アカデミーの出身でヴィッセル神戸への思いも強いですし、僕が長く引っ張っていけるのであれば引っ張っていきたい、という気持ちはあります。ただ、常に競争があるし、戦力にならなければ切られる世界なので、そこは自分がこれまで築き上げてきたものとかは関係なしに、さらに成長してチームの力になっていきたい」 今シーズンは山川とともに、副キャプテンとして山口を支えてきたDF酒井高徳は、ゲームキャプテンを務める試合が多かった山川へ「あえて厳しく言うと、まだまだ、という感じですね」と笑顔で愛の鞭をふるう。 「もちろん期待を込めてのものだけど、テツには『ピッチ上でプレーを介して語るのがキャプテンだ』と、今シーズンは何度かアドバイスしてきました。こんな曲者だらけの先輩選手がいるチームをまとめるのは簡単じゃなかったはずだけど、そういった立ち位置での試合はなかなか経験できるものではないし、ましてや優勝しているので経験に加えて自覚もつく。蛍なりに考えての結論だろうけど、タイミング的にはよかったんじゃないかと思うし、もし僕が同じ立場だったとしても、蛍と同じことを言っていたと思います」 酒井のアドバイスと、会話のなかで山口から返ってきた言葉はおそらく一致している。キャプテンを務めるのが神戸U-15の最終年以来という山川は、目指すキャプテン像についてこう語っている。 「蛍さんのキャプテン像を見てきましたけど、僕には僕なりのキャプテンの姿があるのかなと思う。まだそれができあがっているわけではないけど、優勝が近づいてきた終盤戦では、自分のプレーが少し挑戦的じゃなくなったと、自分でも感じながらプレーしていた部分もあった。そういったところをまず排除していきたい」 12月23日には山口がJ2のV・ファーレン長崎へ完全移籍すると発表された。思い起こせば、ホーム最終戦セレモニーが始まる直前で、山口はただ1人、笑顔を浮かべる選手たちの輪から離れて目頭を押さえていた。セレモニー後に涙の意味を問われた山口は「まあ、ちょっと分からないですけど……」と言葉を濁している。 もしかすると山口はこの時点で、6シーズン所属した神戸を離れる決断をくだしていたかもしれない。2007年から09年シーズンの鹿島アントラーズしか達成していないリーグ3連覇の偉業と、クラブ史上初のACL制覇へ挑む来シーズンへ。山口の置き土産にもなったキャプテンマークは、神戸の魂と化して山川に新たな力を加えていく。 [著者プロフィール] 藤江直人(ふじえ・なおと)/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
(藤江直人 / Fujie Naoto)