バルサのフリック新監督に求められるのは“指導”。DNAの継承者でも、クレの救世主でもない【番記者コラム】
懸命に働くことを是とする文化を軽視するようになっていた
特筆に値するのは、フリックが示す共感の姿勢が、バルサの監督に求められる要求度の高さと矛盾した状況にはなっていない点だ。近年のバルサは、口先だけで中身が伴わないことが多かった。プレーの原理・原則を実行に移す際に、献身性もかみ砕いて説明しようとする姿勢もなかった。 決して、嘲笑の対象として使用されることが多い「ティキ・タカ」に頼って実現できることではない。バルセロニスモは、「走ることは臆病者の行為」や「ピッチに出て楽しんでこい」といった多くの表現を神格化しすぎてきた。言い訳や戦犯探しに時間をかけすぎてきた。 結果的に指導するという監督の仕事の本分を忘れ、勝利への欲求を活性化させることを蔑ろにし、グアルディオラが思い出させてくれた懸命に働くことを是とする文化を軽視するようになっていた。 就任後初の記者会見でのフリックは控えめで、当たり障りのない発言に終始した。それは黙々と仕事することをモットーとする彼ならではの儀式だったのかもしれない。 フリックがバルサにタイトルをもたらすことができるかどうかは分からないが、彼が愛国心や信仰心、奉仕の精神でバルサの窮地に現れた救世主ではないことは確かだ。フリックは指導することを求められて監督に就任した。そしてそれはバルサにおいては重大ニュースなのである。 文●ラモン・ベサ(エル・パイス紙バルセロナ番) 翻訳●下村正幸 ※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙のコラム・記事・インタビューを翻訳配信しています。