〈解説〉木星の氷の衛星エウロパに初の探査機が出発、氷の下には海、生命の可能性探る
エウロパ・クリッパー計画
エウロパ・クリッパーは、NASAがこれまでに作った惑星・衛星探査機の中では最も大きく、そのソーラーパネルの大きさはバスケットボールコートほどもある。探査機には、エウロパをかすめてフライバイをする際にデータをとる最新の観測機器が9台搭載されている。 探査機がエウロパに着陸したり、直接そのまわりを周回したりしないのは、木星が地球の約2万倍という強い磁場を持つからだ。この磁場が作り出す放射線に長時間さらされた電子機器は故障してしまうおそれがある。 そこでエウロパ・クリッパーは、木星のまわりを大きな楕円軌道を描いて周回しながら、エウロパの表面から25キロという高度まで何度も接近し、その表面の95%について高解像度写真を撮影することになっている。 これまでに撮影されたエウロパの写真の解像度では「マンハッタンが2つの水域に挟まれた島だと認識できる程度の情報」しか得られないが、エウロパ・クリッパーの画像では「セントラルパークや個々の通りも識別」できると、米ウッズホール海洋研究所の惑星科学者のキャサリン・ウォーカー氏は言う。また、多くの地形の高さも測定できる。 これだけの解像度があれば、エウロパの氷殻がどのように移動して割れていくのか、地球のプレートのように氷殻どうしが衝突して一方が他方の下に沈み込むことがあるのかどうか、そして最も重要なこととして、エウロパの表面と内部海を結ぶ通路や導管があるのかどうかを調べることが可能になる。 探査機は、レーダーを使って氷殻の内部を調べ、液体の水が閉じ込められていないかどうかも調べる。氷殻の中の水たまりは、その下に広がる内部海よりも表面の有機物質に近いところにあるため、生命が存在する可能性が高い。 「生命は、界面や、物質が混ざり合う場所を好みます」と、米ジョンズ・ホプキンズ大学応用物理学研究所の宇宙生物学者であるケイト・クラフト氏は言う。「氷殻の中にそのような場所が見つかれば、将来、サンプル採取を試みる候補地になるでしょう」 探査機は分光計を使い、エウロパの表面にある赤みがかったオレンジ色の有機物質の正体を調査する。この物質の起源については3つの説がある。 1つめは、内部海から亀裂を通って湧き出てきた可能性。2つめは、単純な化学物質が木星の強力な磁場と相互作用してできた可能性。3つめは、近くの衛星イオの火山から宇宙空間に噴出した物質が、エウロパに落ちてきた可能性だ。 多くの科学者は、探査機がエウロパの表面から噴き出す間欠泉を目撃することを期待している。10年ほど前のハッブル宇宙望遠鏡の画像は、そのような噴出現象が起きている可能性を示唆していたが、望遠鏡の解像能力の限界により、まだ確認できていないのだ。噴出している水が、氷殻の中の水たまりから来ているのか、その下の内部海から来ているのかもわからない。 探査機が間欠泉をじかに撮影するか、エウロパの表面に最近堆積したばかりの物質を発見することができれば、大きな収穫となるだろう。噴出中の間欠泉が見つかれば、探査機に噴出物の中をくぐらせ、物質を採取して分析することもできるかもしれない。 地球の深海の海底には熱水噴出孔があって、微生物やカニや蠕虫(ぜんちゅう)に温かい生息地を提供している。エウロパの内部海の海底も、地球の海底のように地質学的に活発なのだろうか? 現時点ではどちらとも言えないが、エウロパ・クリッパーがフライバイを行う際にエウロパの磁場と重力場を測定し、内部組成に関する情報が得られるはずだ。 エウロパ・クリッパーは生命を直接探査するミッションではないが、エウロパに生命が存在しうるかどうかを評価する初の試みとなる。氷の衛星エウロパについての情報から、エンケラドスやトリトンなど、エウロパによく似たほかの衛星や、はるか彼方の恒星系にある内部海を持つ氷の天体についての知見が得られるだろう。 ニーバー氏は、太陽系で表面に海がある天体は地球しかないが、エウロパのように内部海を持つ天体は少なくとも6つあると指摘する。「エウロパ・クリッパーによって、内部海を持つ氷の天体に生命が存在することが証明されたとしたら、宇宙全体に生命が存在できる環境がどれほどたくさんあるのか、驚くべき推測が可能になります」
文=Adam Mann/訳=三枝小夜子