ハッピーの裏にある犠牲を見過ごさない。作家・大田ステファニー歓人が語る、ガザや子どもたちへの連帯
「自分だけが楽しむためにたくさん人を踏んで傷つけてきた」。幸せの裏にある犠牲を想像する
─すばる文学賞受賞以降、SNS上でかなり注目を集められています。急激に環境の変化があったと思いますが、それについてはどう捉えていますか? 大田:最初は不安の方が多かったですよ。Xのフォロワーが2万人を超えて、総がかりで吊し上げられるんじゃないか。でもよく考えたら、別に新人だし吊るされてもどうでもいいやと思って、急に楽になりました。いまは、無差別に人を傷つけたりするような発言をしないようにだけ気をつけています。どうせ2万人の人になんかしら影響しちゃうんだったら、自分なりに良い影響にしたいとは思っています。 ─ガザの状況に関しても積極的に投稿されていますね。もともとそういった問題への関心が高かったのでしょうか? 大田:パレスチナが大変な状況にあるという認識はあったものの、一生解決しない複雑な問題なんだろうなと、浅い知識しか持っていませんでした。だからスルーできていた。というか仕事が忙しくて関心を持つ余裕もなかった。でも、だんだんと知っている情報が増えていって、無視できなくなって勉強した。 文章を書き始めて、自分は本当に心にあるものを書かないと全然筆が乗らないことに気づきました。どうでもいいと思っていることを文字数増やすために書こうとするときの空虚さはしんどい。いまは、何を書くにしてもガザで何が起きているかとか、世界のどこかではひどいことが起きているという気持ちがあって、どうしても向き合わないと、目を逸らしたままだと自分にとってのピュアな文章を書けないなと感じています。 ─ガザの戦争に関しても、ほかのさまざまな社会課題に関しても、目を逸らさずに向き合えている人は必ずしも多くはないと思います。どうしたらより多くの人が向き合えるようになると思いますか? 大田:声を上げている人がいるのはわかったうえで言いますが、正直、みんなが向き合うとかいまの日本じゃ無理じゃないですか。教育のおかげで投票率も低いし、社会的なことに目を向けるための土台がそもそも設計されてない、暮らしに忙殺される。 自分含め、テレビやスマホ、エンタメとか買い物みたいに、すぐにドーパミン出るようなものであふれた資本主義に毒された人がほとんどですよね。資本主義の毒に自覚的な人はまだしも、気づいていない人も多い。というか気づけないよう入念に刷り込まれている。そんな日本で意識・行動を変えていくのはなかなか難しいよなと思います。べつに資本主義の代案があるわけじゃないけど。極端な考え方だけど、もういっそ、昔の韓国のように経済危機に直面したり、加速主義的に一回壊れてゼロから立て直すほうが手っ取り早いとか思ってしまうこともあります。そのまま倒れっぱなしになりそうだけど。 でも、そうやって諦めてしまうのは救いがないですよね……。あんま社会課題に対して興味ない人が何か始めるとしたら、自分の場合は最近、何かを楽しんでいるその一瞬「これは誰かや何かの犠牲の上で成り立ってるのかもしんない」とかって立ち止まって考えるようにしてる。うちは自分だけが楽しむためにたくさん人を踏んで傷つけてきたので。 たとえば安いものがなんで安いか考えたり、払った金がどこに流れて何に使われてるかガン飛ばしたり、その延長線上で、自分がいま好き放題消費して暮らしているアメリカナイズされた生活の裏で何かが犠牲になっているんじゃないかとか、買い物ん時とか気にするといいんじゃないですか。 ─確かに大田さんが「正直、無理じゃ……」と仰るのもわかります。スタート地点の差がもどかしいですね……。ちなみに、次回作はガザの状況からも影響を受けた作品になるそうですね。 大田:ガザの虐殺は人類規模の汚点だと思ってて、虐殺をスルーして関係ない日常を書けるような集中力をまだ持ってないです。というか毎日見てるから何をしててもずっとガザで殺された人の写真や映像が頭にこびりついてます。これまで世界規模の出来事に対して先輩作家は応答してきた。けど自分はそういった小説を読んだ経験があんまない。自分なりに試行錯誤中です。 ─長期的には、どんな作家になりたいと考えていますか? 大田:たくさん書きたいです! とにかくアイデアがたくさんあって、1つの作品を書いている最中にも全然関係ないアイデアがどんどん浮かんできちゃうんです。削るとしても持っているアイデア全部出しきるくらい書かないと集中できないんですよね。だから、逆に「スランプで何も浮かびません」みたいな悩みよりも、浮かんだ言葉をまとめられないスランプにさいなまれてます(笑)。もし次に取材してもらえる機会があったら、「スランプ克服しました」って言ってみたいですね。
インタビュー・テキスト by 白鳥菜都 / 撮影 by 中里虎鉄 / 編集 by 生駒奨、生田綾