新型レクサスLBXは“高級”であるのか? 新しいコンパクトSUVの価値を考える
“小さな高級車”と判断するには難しい
では、このレクサスLBX、“小さな高級車”なのだろうか? 本カテゴリーで筆者がすぐに思い浮かべるのは、60年代初めに登場した“ADO16”、オリジナルの「ミニ」の1クラス上のお兄さんとしてアレック・イシゴニスが開発した小型車の高級仕様、ヴァンデンプラ「プリンセス」である。 80年代のニッポンでも一部で人気を博したこのイギリス生まれの小型車は、ハイドロラスティック・サスペンション特有のウニュウニュした乗り心地と、トルキーでほっこりするBMCのOHVエンジンの音色と振動を、ウォールナットのウッドパネルとコノリーレザーで覆われた大英帝国の遺産っぽい雰囲気の空間で味わえた。 90年代の初め頃、私はミニの30周年記念モデルに乗っていたから、その次の自家用車として本気で購入を考えもした。けれど、奥さんが普段使うには信頼性が不安で、結局手を出さなかった。あの頃、ADO16の新車があればなぁ……。 そのヴァンデンプラ・プリンセスの系譜につながる“小さな高級車”の国産車版が80年代初めの日産サニーの派生モデル、「ローレル・スピリット」だったろうし、90年代の初め、マツダが1.8リッターの、三菱が1.6リッターの、それぞれV6を開発したのも、“小さな高級車“像を模索してのことだった……かもしれない。 “小さな高級車”というのは自動車メーカーにとっても魅力的なコンセプトだけれど、しかしてその成功例は多くはない。高級と小さいという組み合わせはあまり相性がよろしくないからだろう。ダイヤモンドだって、大きいほうが高級とされている。 その難しいジャンルに、レクサスがあえてBセグメントで挑んだのは、ヨーロッパでの戦略車として可能性を見出しているからにほかならない。Bセグメントは、ルノー「クリオ(ルーテシア)」、ダチア「サンデロ」、プジョー「208」、そしてヤリス・クロス等がベストセラーとして名を連ねる大きなマーケットである。 そのなかでのお手本とすべきモデルは、メルセデス、BMWには存在しない。成功例はミニしかない。LBXの“Bespoke Build(ビスポーク・ビルド”というオーダーメイドのシステムも、ミニを意識してのものだろう。 65年の伝統を持つミニに対して、レクサスLBXの強みは、クラス唯一のハイブリッドシステムにある。NVHに優れたこのパワー・ユニットを、高級ととらえるか、あるいはフツーととらえるか? それによって評価は分かれる。いや。フツーこそ最上の贅沢である。といういい方もできる。試乗車のオプションを含む価格は560万円ちょっとだからして、筆者にだって買えない金額ではない。さりげない日常のカジュアルな高級車。 この判断は正直、難しい。毎日乗らないと、わからない。カジュアルなラグジュアリーにはさまざまなレベルがあり、たとえば親子丼よりカツ丼のほうが贅沢かもしれないけれど、親子丼にもいろんなのがあるわけだし、牛丼にもいろんなのがある。毎日カツ丼の上を食べるのも、なんである。 “小さな高級車”の評価は、ユーザー自身が下せばいいのではないか。裏を返せば、高級と思う人もいれば高級と思わない人もいるはず。多様性の時代だから、それでいいのだ。むしろ、高級なモノを求める層、求めない層にも訴求できる絶妙な商品とも言い換えられる。 恐るべし、トヨタのマーケティング戦略。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.) 編集・稲垣邦康(GQ)