『海に眠るダイヤモンド』なぜ神木隆之介は「一人二役」だったのか…近年まれに見る「骨太ドラマ」を読み解く
※盛大にネタバレするので、未見の方はぜひ最終話まで見てからお読みいただきたい。 【一覧】「令和最高の女優ランキング50」1位長澤まさみ、最下位はまさかの…
まったくの赤の他人なのに一人二役
日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』は近年では珍しい骨太なドラマだった。長崎県の端島(通称「軍艦島」)を舞台に個人の記憶とともに社会が忘却してきた炭鉱の歴史が掘り起こされ、スケールの大きな作品となった。過去と現代が交錯する複雑な構造を持つ本作で、現代を生きるホストの玲央と端島で過去の時代を生きる荒木鉄平を、神木隆之介が一人二役で演じたことも話題となった。 本作は、いづみ(宮本信子)が大きな看板に載った自分の顔写真に飲み物を投げつけるホストの玲央を見て、「私と結婚しない?」と持ちかけるところから始まる。突拍子もない台詞だが、かつて愛していたけれど結ばれなかった荒木鉄平の面影を、いづみが玲央に見出したことが後でわかる。そこから玲央はいづみやその家族と深く関わり、ドラマを牽引していくことになる。 視聴者は当然のことながら、鉄平に似ているという玲央の正体をさまざまに考察しSNSを賑わせた。ドラマ内でも、いづみの息子・和馬(尾美としのり)は玲央がいずみの血縁ではないかと疑い、DNA鑑定を行う。鑑定の結果がシロとわかれば、今度は昔の恋人・鉄平の血縁ではないかなど、さまざまな憶測がドラマ内外で飛び交った。 ところが最終話で、鉄平が映った8ミリフィルムの映像が映し出されると、玲央は鉄平にはさほど似ていないことが明らかになる。玲央はいづみとも鉄平とも関係のない、赤の他人だったのである。 にもかかわらず、端島で展開される過去パートの鉄平は、なぜ玲央の顔で登場するのだろうか。また、玲央はなぜ他人とわかってもいづみに寄り添い続けたのか、そしてどのように鉄平の失踪の真相に辿り着くことができたのか。ここでは、それらの謎を解いた上で、本作で重要な役割を担う鉄平の日記の意味を改めて考えてみたい。
なぜ鉄平と玲央は「同じ顔」だったのか
本作は、いづみと玲央が出会う2018年の現代と、1955年から約10年間の炭鉱の島・端島での過去のシーンが交錯する。過去パートでは、鉄平を中心に、鉄平の幼馴染の朝子=若い頃のいづみ(杉咲花)、百合子(土屋太鳳)、賢将(清水尋也)、島にやってきた謎の女・リナ(池田エライザ)、鉄平の兄の進平(齋藤工)らの群像劇が描かれる。 この過去パートでは、炭鉱の島の様子が活写され、さながらドキュメンタリーのような趣すら感じさせるのだが、なぜ鉄平は、実際は似ていないはずの玲央の顔をしているのだろうか。 第1話の現代パートで、いづみは出会って間もない玲央を長崎に連れていき、船で端島に向かう。玲央が素直についていくのは、前の晩に玲央のホストクラブで大金を使ったいづみを太客だと思ったからだ。 結局、いづみが端島に降り立つことはないが、端島に向かう船上の玲央の姿が、大学を卒業し端島に船で帰還する1955年の鉄平のシーンに切り替わることは重要だ。これが端島を舞台とする過去パートの始まりだからである。その少し前にいづみが鉄平の日記を入手していたことを考え合わせると、鉄平に似た(といづみが感じた)玲央の顔が、端島の記憶をいづみに想起させるトリガーになったと言える。 そもそもなぜいづみは、実際にはあまり鉄平に似ていない玲央の顔を、似ていると思い込んだのだろうか。身も蓋もない言い方をすれば、いづみは鉄平や端島の記憶を封印して生きてきたがゆえに、半世紀以上の歳月を経て日記を読んでも、鉄平の顔や表情を正確には思い出せなかったのではないか。 残された端島の写真を見ても、鉄平は撮影する係だったので、彼自身の写真は一枚も登場しない。いづみにとって端島の記憶の一番大事な部分でありながら、彼はドーナツホールのように記憶の空洞だったのだと思う。だから玲央の顔を無意識的に当てはめることで、鉄平や端島の記憶はいづみの脳内で、具体的な像を結び始めたのだ。鉄平が玲央の顔で登場するのはそのせいだろう。 つまり、端島の過去パートは歴史的な事実ではなく、いづみが鉄平の日記を自身の記憶や想像も織り交ぜながら脳内で再生した記憶映像なのだ。語り手が鉄平なのは、彼の日記の言葉がベースとなっているからにほかならない。だから過去パートは鉄平の端島への帰還から始まり、彼が失踪するまでは概ね鉄平の視点から描かれるのである。 玲央がそばに居続けることで、いづみは鉄平の日記に書かれた端島の記憶を生き生きと脳内再生することができる。玲央は記憶再生装置なのだ。