ベンツにはねられ、顔の下半分がグジャグジャに…自転車乗りの息子の命を救った「ヘルメットの奇跡」
■息子の脳が受けるはずだった衝撃を吸収 確かに前歯は吹っ飛び、舌先は千切れ、顎は複雑に割れ、口の中は傷だらけになった。しかし、脳は無事だった。 思考力はもちろんのこと、手足の機能にも、視覚、聴覚ほか感覚にも、なんらの障害は(いまのところ)ない。 警察は自転車とヘルメットを証拠物件として確保したが、後日、その自転車とヘルメットを見て私は絶句した。自転車はカーボンフレームの2カ所がポッキリ折れ、ヘルメットはベコベコになっていた。これらの衝撃吸収がなければ息子は死んでいた。 ■国際学会でもヘルメットの効用を説く 天の配剤というべきか、あきの入院中、私は今治で開かれた国際交通安全学会(IATSS)に出席していた。日本では初開催である。テーマは自転車の交通安全で、私の発表内容はまさに「自転車ヘルメットの着用率サーベイ」だった。 だから私は急ごしらえの段ボールフリップを作り、その場で「自転車ヘルメットの有効性」を追加して述べた。 あきが筆談で述べた「ヘルメットの重要性を伝えなさい」を、実現させようとしているのである(じつはこの記事もそのひとつ)。 自転車ヘルメットには「ヘルメットが必要なほど危険な道路は、インフラにこそ問題がある」とか「ヘルメットを強制すると(主に女性の)自転車ユーザー自体が減ってしまう」などの意見がある。 オランダ(自転車最先進国)や、オーストラリア(ヘルメット完全義務)などの実情を見てきた私は、両方とも頷ける意見だと思ってきた。いや、今でもそこに反対はしない。 しかし、あきの事故は「インフラ」で避けられたかどうか。いろいろあるけれど、私の今の思いはここにある。 「つべこべ言わず、とりあえずかぶろうぜ、自転車ヘルメット」 今治で会った訪日外国人研究者たちも神妙な面持ちでそれを聞いてくれた。 ---------- 疋田 智(ひきた・さとし) 自転車評論家 1966年生まれ。東京大学工学系大学院(都市工学)修了、博士(Ph.D.環境情報学)。学習院大学、東京都市大学、東京サイクルデザイン専門学校等非常勤講師。毎日12kmの通勤に自転車を使う「自転車ツーキニスト」として、環境、健康に良く、経済的な自転車を社会に真に活かす施策を論じる。NPO法人自転車活用推進研究会理事。著書に『ものぐさ自転車の悦楽』(マガジンハウス)、『自転車の安全鉄則』(朝日新聞出版)など多数。 ----------
自転車評論家 疋田 智