19歳最年少レスリング世界王者、乙黒拓斗は東京五輪の星となれるのか?
「2020年東京五輪のときは、たぶん選手としてピークに近い状態で迎えられる年齢だと思う。その先もひょっとしたらあるのかもしれないけれど、地元開催の東京五輪には、絶対に出て金メダルをとりたい」 日本レスリング史上、最年少世界王者となった乙黒は、東京五輪の星となれるのだろうか? 実は、10代で世界一となり、その後、五輪も含めて世界の頂点を極めるキャリアコースはレスリング界では珍しくない。 たとえば、リオ五輪86kg級金のアブドゥルラシド・サドゥラエフ(ロシア)は18歳、97kg級金のカイル・スナイダー(米国)は19歳で世界選手権初優勝を遂げている。また、1990年代中盤から2000年代にかけて世界のレスリング少年たちが憧れたB.サイティエフ(ロシア)は、20歳で世界選手権に初優勝し、五輪ではアトランタ・アテネ・北京と三度の金メダルを獲得した。そして乙黒の師である高田氏も、20歳6か月で、世界を初制覇したのち、モントリオール五輪で金メダリストとなった。乙黒が、歩み始めた道は、かつて師が歩いた道に似ている。 「これまで大勢の選手を教えてきたし、見てきたけれど、トップクラスでこれほど練習する選手を私は知りません。時間があれば、一人きりでも何かしら練習をしている。持って生まれた反応の良さだけでも十分にすごいのに、誰よりも練習が出来る。大学4年生で東京五輪を迎えるまで、このまま世界のトップを維持できると思う」 世界の厳しさを知る故に、教え子を手放しで褒めないことでも知られる高田氏は、こう絶賛した。 だが、乙黒の決勝戦までの道のりをよく見ると、東京五輪へ向けての課題も浮き彫りになっている。 レスリングでは、通常、利き足を軸に右か左、どちらか得意な側から攻撃をしがちだ。乙黒の利き足は右だが、彼は珍しいことに、左右どちらからでも同じように攻撃ができる。その特性と、まだシニアでの国際経験が少なかったこともあり、今大会では相手選手が乙黒対策ができていなかった。だが、勝ち上がるごとに練習場でのパートナーとウォーミングアップする様子も含めて各国のコーチ陣がマットを囲んで乙黒の姿を撮影する風景が見られるようになった。 今後、日本の強化陣ですら気づかない、乙黒の「クセ」から攻略法を編み出してくるのは間違いないだろう。得点する能力の高さが長所だが、一方で失点も多く、多方面から解析されるだろう。その乙黒包囲網をどう突破するのか。 そして日本の指導陣が心配しているのが故障の多さだ。 積極的に組み合う攻撃型の選手にとっての宿命なのだが、乙黒は怪我が多い。高校3年の夏から大学入学後しばらくはマットに上がれなかった時期もあった。今大会も決勝戦で右足首を傷めており、日本へ帰国したら詳しく検査する予定だ。65kg級のなかでは身長が高く、まだ体つきが大人の選手になりきっていないこともあり、どうしても衝撃に弱い部分がある。 「体は作らせるつもりだが、あまりやると体重が増えて階級を変えなくてはならないから、ほどほどに」 高田氏も注意深く乙黒を育成している。 このバランスを崩さないまま2020年を迎えることも乙黒の東京五輪金メダルプランのテーマのひとつになってくる。 (文責・横森綾/フリーライター)