作家が用意する食材でコーナーはエビフライにもカレーライスにも肉まんにもなる<河谷忍「おわらい稼業」第5回>
作家の仕事はエビフライを作ることじゃない
「おもしろいコーナーってどうやったら作れますか?」 メモ帳を片手に20代前半ぐらいの女性生徒が私に純粋な眼差しを向けている。3年ほど勤めた吉本興業を退社して作家になった私は、芸能事務所にあるお笑い部門の養成所で講師をやることになった。芸人を目指す生徒のネタを観て偉そうにアドバイスをしたり、作家を目指す生徒にライブやネタの考え方を偉そうにレクチャーしたり、とにかく偉そうにさせてもらっている。 「おもしろいコーナー?」 「はい、今度私が主催でライブをやろうと思っているのですが、ネタが終わったあとのコーナーが全然思いつかなくて」 「難しい質問ですね……」 私は池上彰の断末魔みたいなことを言ったあと、少し黙ってしまった。 数人の生徒がメモ帳を開いてこちらを見ている。 ……少し長くなるかも知れませんが、ちょっとお話しさせてもらってもいいですか? 僕はけっこう前に大きな勘違いをしてしまったんです。お笑いライブの中のコーナーでエビフライを作ろうと思ってました。あ、エビフライって本物のじゃなくて。芸人さんのネタがハンバーグだとしたら、コーナーでエビフライを出してやろう!って必死になってました。 でもそれがけっこう大きな間違いだったんです。この先は聞いても聞かなくても大丈夫です、きっとここにいる全員が一回はしてしまうミスだと思うので。そのミスがあるから作家は成長するんじゃないかと勝手に思ってます。偉そうにすいません。とにかくここからは話半分で聞いてください。 結論から言うと、作家の仕事はエビフライを作ることじゃなくて、エビフライを作るために必要な食材を準備することだったんです。僕はそこを勘違いしていました。なので作家になりたてのころは、ほかにないようなライブとかトガったコーナーとかをやってしまっていたのですが、しばらくしてから、あれ、違うぞって思ったんです。作家が準備した食材をエビフライにしてくれるのは芸人さんの仕事だったんです。最初のころはコーナーもガチガチに決めて余裕がない作りにしてしまっていました。遊びどころがないような、それこそすでにエビフライができ上がってしまっている状態です。タルタルソースまでかかって、味も決められてしまっているような。 でも、食材だけを準備した状態だと芸人さんはそれを使ってエビフライでもカレーライスでも肉まんでも作れてしまうんです。不思議ですよね。要はシンプルに、固めすぎないってことです。自分がやりたいこと、やりたい流れがあったとしても、いったんそこは差し置いてシンプルな「側」だけ準備しておいてほしいです。 もし自分が本当においしいエビフライを想像していたら、芸人さんは食材を使って自分が思ったとおりのエビフライを作ってくれます。でも全部がそうではありません。自分が想像していないところに、エビフライよりもおいしくなるカレーライスや肉まんにもなり得る可能性があります。昔の自分はそこを無視してしまっていたんです。お客さんのいらないエビフライを勝手に提供してしまっていました。そもそもハンバーグ食べたあとにエビフライいらないですもんね。 じゃあ「自分」は一切出さずにやれってことですか?って聞かれるとそうとも言えません。用意する食材をおもしろくしてください。こんなのもありますよ、実はこんなのも用意してるんですって。芸人さんはそれを使うときもあれば使わないときもあります。そうやって自分の「おもしろい」を測っていくとわかりやすいです。ああ、この状況でこれは使いにくいんだとか、これはあまりおいしくならない食材なんだとか。 すごくシンプルに、仲のいい芸人が数組出るライブのコーナーを作ることになったとします。さっきも言いましたが側はとってもシンプルで大丈夫なんです。「究極の2択」にしましょうか。「行くとしたら?」という質問と一緒に「過去」「未来」という選択肢があって、縦一列に並んだ状態で、せーので「過去」だと思う人は右に、「未来」だと思う人は左にジャンプします。すると一瞬で右対左の対立構造が生まれます。ここまでが食材の準備です。そこから芸人さんは「なんで過去やねん」とか「未来より過去のほうが行きたいやろ!」とか、自然な流れで揉めてくれます。これが料理です。エビフライにもカレーライスにもなる可能性がある部分です。みんなが自由に遊べる部分を作ります。これぐらいシンプルなほうがいいし、実は盛り上がるんです。 じゃあこれに自分のエッセンスを入れるってなったらどうするのってことなんですが、さっき言った食材の部分、「質問」と「選択肢」でおもしろ味を出してください。たとえば、その中にいるメンバーの名前を使ったお題を出すんです。「娘が彼氏として家に連れてきたら嫌なのは?」という質問に、「〇〇」「▲▲」のように、その場にいる芸人さんの名前を入れます。そうすると「せーの」で左右に分かれたあとの揉め度合が普通の質問に比べて格段に上がるんです。想像もつかない料理ができ上がる可能性が飛躍的に上がります。どういうことかというと、「こいつ彼氏にしたらやばいぞ! だってこの前もあんなことが……」とこちらが準備していない食材が次々に現れるんです。ここが本当におもしろいんです。 ……えっと、なんの質問でしたっけ? ああ、おもしろいコーナーの作り方か、僕は、僕個人としてはそういうふうに考えています。おいしくなりそうな食材をたくさん準備して、芸人さんに好きなように料理してもらう。そうすれば基本的にはおもしろいなって思えるコーナーができる可能性はすごく高いんじゃないかなと思います……。答えになってますかね? 「はい、ありがとうございます」 彼らがメモ帳に何を書いたのかはわからない。もしかしたら「エビフライ」とだけ書いた生徒もいるかもしれない。この先、見返してなんのことかわからないメモを増やしてしまったことに少し反省をしながら授業を締めて足早に教室を出た。 「先生!」 うしろから声をかけられたが、慣れていない呼び方に自分のことと気づかずエレベーターのボタンを押してしまった。私のことを「先生」と呼ぶのはコットンの西村真二さんだけだからだ。 「先生!」 もう一度呼ぶ声がして、先生早く気づいてやれよと思ったら自分のことだった。 「どうしました?」 「先生がさっき言ってた2択のコーナーって、あのライブでやってらっしゃったやつですよね?」 どうやら私が例に出したコーナーを実際にやったライブを観てくれていたようだ。 「ああ、そうそう、よく知ってるね」 「観ました! すごくおもしろかったです! あのビスブラ(ビスケットブラザーズ)の原田(泰雅)さんの裸をのぞくコーナーとかもめっちゃおもしろかったです」 「ああ、ありがとうね」 どんなコーナーしてんねん、と自分で思った。 「あの、質問があるんですけど」 エレベーターの扉が開いた。中には数人が乗っていて、こちらの様子を見ていた。 私が右手を使いながら「あ、すいません、お先にどうぞ」と言うと、中の人は不思議そうに閉まるボタンを押して下へと降りていった。 「すいません! お忙しいのに」と言いながら質問をしてくる生徒に対して「いいよいいよ」と言いながら、お先にどうぞ、か。と思った。
文=河谷 忍 編集=梅山織愛