送りバントは“汚れ仕事” イチロー大好きの監督…野球の地位向上へ「お金惜しみなく」
国際大会でいきなり投手デビュー…得意の送りバントは「明かりを灯す仕事」
初めは外野手を務めていたメルガンスさんだが、本人いわく「あまり上手な選手ではありませんでした」。本塁打もキャリアで2本と長打タイプではなく、「試合では真っ先に途中交代させられていた」と悔しい経験をしてきた。大きな転機は、13歳の時のイタリアでの国際大会。投手の頭数が足りなくなり、「僕が投げます」と監督に直訴した。 「公式戦というか、実戦で投げたのがそこが初めてです(笑)。真っすぐもチェンジアップも球速が変わらないようなレベルでしたが、1イニングを3者連続三振に抑えることができました。そこから、ピッチャーとして努力をしてきました」 故障予防のために、下のカテゴリーでは20球投げたら翌日はノースロー、40球投げたら2日あけるなど球数も管理。18歳以上からは基本的に制限はなくなるが、試合では100球を超えたら交代するのが通例だという。おかげでメルガンスさんも、大きな故障なく投手としてのキャリアを積むことができている。 野球が「上手ではなかった」とはいえ、メルガンスさんが1つだけ自信を持っていたのが送りバント。育成年代から代表に選ばれていたのも、9番打者として“つなぎ役”を期待されてのことだった。ところで、チェコではバントのような小技を“black job”(チェコ語で“cerna prace”)といい、犠打職人のことを「汚れ仕事」のような呼び方をするという。実は、これには深い意味がある。 「皆さんがイメージするような“汚い”意味合いではありません。炭鉱夫に由来しているんです。ツルハシを握る姿って、バントのときのバットの持ち方に似ているでしょう。暗い穴の中で真っ黒になりながら、大変な思いをして石炭を掘り当てる。だからこそ、皆が明かりを灯して生活ができる。そうやってチームのために貢献する仕事という意味なんです」
現在、チェコ代表の指揮を執るパベル・ハジム監督はイチロー氏の大ファンで、最少失点で守り勝つスモールベースボールが志向だ。今年11月に侍ジャパンとの対戦が組まれているが、僅差の場面での“black job”要員の仕事ぶりにも注目してみたい。 WBCでの活躍によって、国内での野球への注目度が上がった。さらに子どもたちに夢を与えるためにも、今後の国際舞台での活躍は重要になる。2028年のロサンゼルス五輪が大きな目標になるが、「(同じ代表の)ミハル・コバラ投手が米国(ジョージア工科大)で活躍しているように未来は明るい。そのためにも国内での投資を惜しまないこと。野球の発展に、お金を惜しみなく使ってほしい」と語る。 メルガンスさんの本職がデザイナーであるように、代表の多くが兼業選手であるチェコ。いつか野球が、それ一本で“食べていける”競技になってくれることが願いだ。
高橋幸司 / Koji Takahashi