ボクシング日本14位から「仏師」の道に 修行10年経て独立、「仏感じ」感覚研いで彫刻刀握る
上り坂の先に、工房はあった。仏像彫刻や修復の道を歩み、22年。「温故知新に尽きます。良い物を見るのが一番の勉強」と語る河田喜代治さん(49)=大津市=の穏やかな顔に、先人への敬意がこもる。 横浜市生まれで、秋田や千葉県に住んだ。物心が付く頃には仏教の世界に興味を抱き、小学4年生の夏休みには粘土で仏像を作った。修学旅行で奈良や京都の寺を訪れた際は心がときめいてその場に立ちすくんだ。「友人に早く行こうとせかされました」と笑う。 高校卒業後に選んだ道はプロボクサーだった。芸術系大学で彫刻を学ぼうか悩んだ末、「今しかできない」と決めた。A級ライセンスを取得し、フェザー級で日本ランク14位。世界戦の前座を務めたこともある。 「拳一つで真剣勝負。命と命のぶつかり合い」。だが、毎朝のロードワークを続ける精神を保てなくなり、負けが続いた。辞めるか辞めないかの時に、知人の勧めで仏師の世界に足を踏み入れた。 27歳の新人を待っていたのは、10年の修業期間。基礎技術をがむしゃらに学んだ。木から顔の丸みや筋肉の質感を彫刻刀だけで生む技が難しい。技術の習得以外に、見聞を深めるため各地の仏像調査にも同行した。平安期の作品は柔和で丸みを帯び、鎌倉期は写実的でシャープ。時代や地域ごとに独特の形があると学んだ。 修業中の30代に大津市に移り、13年前に独立。修理が進む比叡山延暦寺(同市)の根本中堂前にあったカエデから仏具を作る縁にも恵まれた。 工房で、昔の仏像をそのまま別の木に彫った「模刻」を見せてくれた。分解してみると、前後に半分に割れ、内側は木目のギザギザが残ったまま。合わせると断面はぴたりと重なり、ずれない。ヒノキだからできるといい、「木の性質を知り、木目を読めるからこそ。大胆さの中に繊細さもある」と話す。 仏像は抽象作品。「仏を感じ、心に響かせる造形がある」と感覚を研ぎ澄ませ、彫刻刀を握る。