「99:1」か、「それ以下」か…2種類の炭素の比率を調べたら、なんと、35億年どころか、さらに古い「生命の痕跡」が次々と見つかった
35億年前の生命は、決して原始的ではなかった
1993年にはカリフォルニア大学のウィリアム・ショップ(1941~)たちが、西オーストラリア州の北西部のピルバラ地区「ノースポール」で微化石を発見したと報告しました(余談ですがここはとにかく暑い地域で、名前だけでも涼しくしたいという理由で「ノースポール」と名づけられたそうです)。 その化石は単細胞生物が一列に連なったような形状(図「ショップが発見した約35億年前の微化石」)で現生のシアノバクテリアに似ていて、年代は約35億年前のものと推定されました。 シアノバクテリアは藍藻ともよばれる原核生物で、光合成をして酸素を発生します。そのためショップたちは、約35億年前にすでに、酸素を出す光合成生物がいたのではないかと考えました。 この発表は、大きな論争を巻き起こしました。光合成のしくみはけっこう複雑なので、光合成をする生物は最も原始的な生物とはいえません。それが35億年前にはすでに存在していたかもしれないというのです。 また、微化石そのものにも疑義が投げかけられました。生物が存在しなくても、ショップが見つけた化石のようなパターンが生じる可能性はあるという指摘です。 しかしその後、日本のグループが同じノースポール地区を調査して、深海底の堆積物と考えられる35億年前の岩石中に、フィラメント状の微化石を発見しました。これにより、35億年前には微化石を残す原始的な生物がすでに誕生していた可能性が高くなったのです。 ただ、深海底ということは光が届かないので、光合成生物ではないことになります。 では、微化石すら残っていない、さらに古い岩石で生命がいたかどうかを判断するにはどうすればよいでしょうか。その場合に使われるのが、炭素の「安定同位体比」です。
炭素の「安定同位体比」で、次々に明るみになる初期生命の痕跡
炭素には陽子と中性子を6個ずつ持つ炭素12と、中性子のほうが1個多い炭素13とがあり、前者がほぼ99%を占めるという比率で安定して存在しています。この比率が安定同位体比です。 しかし、この比率は化学反応や生物活動などによって変化することが知られていて、とくに生物活動が関与すると、炭素13の割合が小さくなる傾向があります(図「炭素安定同位体比」)。 そこで、試料中の炭素13の割合が標準よりも小さければ、生物によってその試料中の炭素の割合が変えられた可能性が高いといえるのです。 そのような観点で、35億年以上前にできたと考えられる岩石中に含まれる炭素粒子の安定同位体比を計測する試みがなされました。 そうした古い岩石が見つかる場所としては、とくに、グリーンランドが注目されました。 1999年、コペンハーゲン大学のグループは、グリーンランドのイスア地域で見つかった約38億年前のものと考えられる岩石中で、炭素粒子の炭素安定同位体比が、生物活動が原因と考えられる低い値を示すことを見いだしました。この計測が、その頃にすでに生命が誕生していたとする根拠の一つとなりました。 さらにその後、東京大学のグループは39億5千万年前のカナダの岩石で、また、英国ユニバーシティカレッジ・ロンドンのグループは42億8千万年前~37億7千万年前に海底熱水系で生じた堆積岩で、それぞれ炭素が低い安定同位体比を示すことから、それらの岩石ができたときには生命が存在していたのではないかと発表しています。 だとすれば、最初の生命が誕生したとされる時期は、さらに遡る可能性も考えられます。 しかし、岩石中の炭素の安定同位体比を調べる方法には、一つ問題があります。 シリーズ「生命と非生命のあいだ」これまでのテーマから 謎の誕生と、「生命の定義」への挑戦…〈もし本当なら…「地球で最初の生命は、進化では誕生できない」…進化論で生じた「すこぶる当然の疑問」〉化学進化研究で生命の材料を見出す…〈これは「物質から生命が生まれる瞬間」かもしれない…地球生命に絶対必要なアミノ酸が、なんと「わずか数日」でできてしまった「衝撃の実験」〉地球外に、生命の材料となる有機物質は見出せるか…〈なんと日本隊だけで「1万7000個」も発見した…!奇跡の1969年に見つかった「大量の隕石」からの新発見と「残念な結果」〉 生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか 生命はどこから生命なのか? 非生命と何が違うのか? 生命科学究極のテーマに、アストロバイオロジーの先駆者が迫る!
小林 憲正