「純粋さに胸を打たれる」古川ヴォルフガングと「無敵感が眩しい」京本ヴォルフガング 2024年版『モーツァルト!』上演中
ミュージカル『モーツァルト!』が8月19日に東京・帝国劇場にて開幕した。『エリザベート』などを手掛けたウィーンミュージカルのヒットメーカー、ミヒャエル・クンツェ(脚本)&シルヴェスター・リーヴァイ(音楽)コンビの作品で、主人公のヴォルフガング・モーツァルトは2018年、2021年に続き3度目の挑戦となる古川雄大と、今回初めてこの役を務める京本大我がダブルキャストで演じる。日本では2002年の初演から数え今回が八演目と上演を重ねる人気作であるが、22年の間でヴォルフガング役を務めた俳優は古川含めこれまで4人しかおらず、京本が5人目のヴォルフガング。それだけなかなか演じられる人がいない難役だということなのだろうが、古川、京本とも伸びやかに、体当たりの熱演を見せている。 【全ての画像】ミュージカル『モーツァルト!』舞台写真(全8枚) 物語は音楽の天才ヴォルフガング・モーツァルトの半生を綴ったもの。天から与えられた才能に奉仕することだけが幸せなのかと葛藤しながらも、それでも音楽を愛し、周囲と軋轢を生みながらも自由に作曲をすることを追い求めた“人間・モーツァルト”の姿を、クラシックとロックが融合した美麗な楽曲で綴っていく。生身のモーツァルト(ヴォルフガング)に加え才能の化身としてのモーツァルト(アマデ)を子役が演じ、“二人一役”で天才モーツァルトを創出する点などもユニークな作品だ。 3度目のヴォルフガングとなる古川は、過去2回の公演に比べずいぶん幼く感じるほど、可愛らしい役作りだ。ニコニコ笑顔が印象的で、無邪気に自分の成功を信じ、また当然のように父にも愛されていると信じているピュアさがある。しかし純粋ゆえに脆く、悩み、崩れてしまう弱さがあり儚い。2幕のヴォルフガングの追い詰められっぷりは痛々しく、悲壮感がただよう。ただ、ヴォルフガングという役は夢と衝動、ストイックさと欲望のグラデーションでまったく違う人物像に見える役だが、3度目の古川はある意味複雑さよりシンプルさを追い求めているようにも感じ、その瞬間瞬間を精一杯喜び、悩み、苦しみ、生きるヴォルフガングという印象。痛みを全身で受け止め真っすぐ進んでいくような純粋さに胸を打たれる。 初出演の京本のヴォルフガングは強気で自信に満ちていて、若者らしい無敵感が眩しい。そして今にも空に飛び立ってしまいそうなほど自由だ。彼にとってはすべてのこと……家族すらも楔でしかないのではと思うほど、型にはめられることが似合わない特別感がある。それゆえある意味サバサバしているようにも感じるのが新鮮。今回衣裳が新しくなっているものもあり、ヴォルフガングの衣裳もオーバーサイズのものが増えたのだが、その今風の装いも似合う“令和のヴォルフガング”であり、新しい爽やかなヴォルフガング像を生み出した。 ヴォルフガングの妻コンスタンツェは本作初出演の真彩希帆。前半の可愛らしさと後半の迫力の落差が圧巻、歌声も安定して見応えがある。初演から出演しているこのミュージカルの顔、レオポルト役の市村正親とコロレド大司教の山口祐一郎の存在もやはり欠かせない。市村は厳しくも愛情深い父を、上手く息子と向き合えない不器用さや哀愁も滲ませ演じ作品に奥深さを与え、山口はヴォルフガングの才能に嫉妬しながらも誰よりその才能を理解している複雑な権力者の心理を、唯一無二の大きな存在感と轟く美声でどっしりと演じた。 また約20年前にコンスタンツェとして出演していた大塚千弘がヴォルフガングの姉ナンネール役として作品に帰ってきたのも作品の歴史を感じて感慨深い。大塚のナンネールは瑞々しく清廉、作品の良心といった趣き。ヴァルトシュテッテン男爵夫人は涼風真世と香寿たつき。ヴォルフガングを導くパトロネス的存在であり劇中屈指の名曲「星から降る金」を歌うキャラクターだが、両名ともどこか裏の思惑も感じさせるような、一筋縄ではいかない存在として見せていたのも面白い。 開幕に際し、古川は「3回目にして理解できた部分や新しい発見があります。曲に対するアプローチも結構変わってきていて、今回のヴォルフガングから変化を感じ取っていただけるのではないかと思います」、京本は「なるべく守りに入らずに、“攻める”気持ちで行きたいです」とそれぞれコメント。ミヒャエル・クンツェらしい哲学的なテーマを盛り込んだ深みのある物語に、シルヴェスター・リーヴァイの手による珠玉の楽曲たちという、そもそもが魅力的な要素が揃った優れたミュージカルである。それを、面白いほど個性の違う主役ふたりが、それぞれの角度から照らした2024年版『モーツァルト!』。日本初演から22年目、観客もまだまだ作品の新しい魅力を発見できるに違いない。 取材・文:平野祥恵 <公演情報> ミュージカル『モーツァルト!』 脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ 音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ オリジナル・プロダクション:ウィーン劇場協会 演出・訳詞:小池修一郎(宝塚歌劇団) 出演: ヴォルフガング・モーツァルト役 古川雄大・京本大我(Wキャスト) コンスタンツェ(モーツァルトの妻):真彩希帆 ナンネール(モーツァルトの姉):大塚千弘 ヴァルトシュテッテン男爵夫人:涼風真世・香寿たつき(Wキャスト) コロレド大司教:山口祐一郎 レオポルト(モーツァルトの父):市村正親 セシリア・ウェーバー (コンスタンツェの母):未来優希 エマヌエル・シカネーダー(劇場支配人):遠山裕介 アントン・メスマー(医師):松井 工 アルコ伯爵 (コロレドの部下):中西勝之 アンサンブル: 朝隈濯朗 安部誠司 荒木啓佑 奥山 寛 後藤晋彦 木暮真一郎 田中秀哉 西尾郁海 廣瀬孝輔 港 幸樹 山名孝幸 脇 卓史 彩花まり 池谷祐子 伊宮理恵 樺島麻美 久信田敦子 鈴木サアヤ 原 広実 松田未莉亜 安岡千夏 柳本奈都子 アマデ 白石ひまり 星 駿成 若杉葉奈(トリプルキャスト) 【東京公演】 2024年8月19日(月)~9月29日(日) 会場:帝国劇場 【大阪公演】 2024年10月8日(火)~10月27日(日) 会場:梅田芸術劇場メインホール 【福岡公演】 2024年11月4日(月・休)~11月30日(土) 会場:博多座