【追悼】火野正平さん ベテラン芸能レポーターが見てきた“昭和のプレイボーイ”の「モテっぷり伝説」
「昭和のプレイボーイ」「モテ男」と言われた俳優・火野正平さんが、亡くなった。75歳だった。 【写真あり】”モテモテ……”鈴木杏樹だけじゃない。円楽、有田…。芸能人がラブホを使うワケ BS・NHKの旅番組『にっぽん縦断 こころ旅』で見せた火野さんの飄々とした生き方が人気を呼び、’11年4月から始まった番組は、持病の腰痛悪化が進んだ今年4月まで13年間も続いた。 その火野さんと初めて会ったのはオレが週刊誌記者時代。女優・藤間紫さんの弟が経営する北鎌倉の病院に、当時、火野さんと交際していた女優・望月真理子さん(’00年逝去、享年50)が入院した時だった。 ◆「出会って良かった。幸せです」 入院設備のない病院だったが、紫さんの紹介で望月さんが入院することになり、入院というよりもスキャンダルからの隔離というか、“間貸し”状態だったのだろう。周囲が気付いたら、火野さんもその病院に寝泊まりしていて、そこから仕事場に向かうことも多くなっていた。 友人の病院だったのでそんな噂もチラホラ入るようになり取材するようになった。二人の出会いは、時代劇ドラマだったようだ。 出会い、すぐに意気投合し、恋愛になるまでに時間はかからなかった。そんな同棲生活を望月さんが病院関係者に 「出会って良かった。幸せです」 と告白していたことも知っていた。 当時も今も、火野さんには1971年に結婚した一般女性がいて、籍は抜けていないという。奥様との間には長男、長女が誕生している。 それなのに、次々と交際相手が変わっていく。望月さんとの間にも女児が誕生しているし、その後に交際していた別の女性との間にも子供がいる。 結婚生活が始まってからから噂になった人は望月さん以外にも、女優の新藤恵美さん、小鹿みきさん、ホーン・ユキさん、紀比呂子さん、りりィさん、仁支川峰子さん、樋口のり子さん、染谷まさ美さん、宝塚女優だった大スターのマネージャーなどなど。数えきれないほどの出会い、破局があったようだ。 ◆「好き」「愛している」と それでも、お付き合いがあった女性たちから、火野さんの悪い話や恨み節は出てこなかった。彼が「好き」「愛している」と言う言葉の通り、正直に気持ちを伝えて交際が始まり、同棲が始まり、そしてきれいな“別れ”があったからだろう。 オレが初めて火野さんに会ったころは、スキャンダルで取材に来られることは迷惑で、イライラも感じられた。だが、何度も何度も女性関係で取材されるうちに、火野さんは物事を卓越した仙人のようになり、あの風貌も生まれていたような気がしたね。 数あった女性問題スキャンダルで芸能界を長く干されたこともあったが、 「自分が作ったことだからね」 と、笑ってインタビューを受けていた火野さんもいたな。 『こころ旅』の中では、ご老人や子供たちはもとより、犬や猫にまでも愛されていた。優しくてシャイで愛嬌があった火野さんの姿が映しだされていた。 自然体のままで、誰からも愛される姿を見られなくなってしまうのは本当に寂しい。ああ、合掌。 文:石川 敏男(芸能レポーター)
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