AKB48 17期生橋本恵理子「全国の小学生で一番AKB48を好きな自信があって、オーディションを受けたんですけど、年齢制限で不合格でした」【連載 なんで令和にAKB48?】
2005年(平成17年)12月8日に秋葉原で産声を上げたAKB48。前田敦子、高橋みなみ、小嶋陽菜、篠田麻里子、大島優子、指原莉乃ら数々のスターを生み出し、誰もが知る国民的アイドルグループとなった。 【写真】橋本恵理子のグラビア あれから十数年、元号は令和に変わり、また新たなスター候補生が続々と加入している。当時とは異なる状況で、彼女たちは何を思いAKB48になろうとしたのか? どこを目指すのか? フレッシュメンバーの魅力を深掘りインタビューでお届けです! 第14回は大阪府出身、17期生の橋本恵理子(はしもと・えりこ)。小1で前田敦子の魅力にハマり、大のAKB48オタクとなったメンバーだ。前編はAKB48に入るまで、スポーツ万能だった学生時代や、握手会の話などを語ってもらった。 ■中学生の時にクラスでやった劇の脚本を書いたんです ――小さい頃はどんなコだったんですか? 橋本 恥ずかしがりやでした。家族で写真を撮ったりするのも、どういう顔をしたらいいかわからなくて。保育園の門の前で撮影する時も、お母さんに隠れていました。 人前に立つのも得意じゃなくて、劇とかが保育園であってもナレーターとか、演じなくていい役をやってましたね。 ――よくやっていた遊びはあります? 橋本 お人形遊びがすごく好きで、シルバニアファミリーとか、リカちゃん人形とか、ぽぽちゃんとか持ってました。頭の中で想像とか妄想をすることもすごい好きだったので、お人形でストーリーとかを考えたり。 ――兄弟はどんな? 橋本 兄がふたりいるんですけど、7歳と14歳離れています。一番上のお兄ちゃんは物心ついた時はもうひとり暮らしだったので、あまり遊んだりはなくて。二番目のお兄ちゃんとは、自分がAKB48に合格して東京へ行くまで一緒に住んでいたので、一緒にYouTubeを見たりしてました。 ――子供の頃に憧れていたものはある? 橋本 絵を描くのすごい好きで、ストーリーを考えるのも好きだったので、漫画家になりたいって言ってました。 ――ストーリーを考えるのが好きっていうのは何かに活きた? 橋本 中学校でお楽しみ会があって、クラスのみんなで劇をしようってなったんですよ。そこで台本を書きました。先生が「誰か台本を書く人?」って言ったので、「書きます」って手をあげて。 かぐや姫をポップにした感じの、確か「シンかぐや姫」とか、そういうタイトルだった気がします。TikTokで流行ったネタを劇中に入れて。他のクラスの前でやったんですけど、反応も結構良かったです。 ――すごい才能ですね! 脚本を書けるってことは、お勉強もできたんですか? 橋本 いや、そんなに得意ではなかったです(笑)。国語は得意だったんですけど、英語と理科が苦手で、理科は中間テストで100点満点中6点を取って、青ざめました。 ――6点......。でも国語はできたんですね。 橋本 テストで作文とか、20点ぐらいの配点のやつがあるんですけど、それは高得点でしたね。 ――本とかを読むのが好きだったんですか? 橋本 映画見るのがすごい好きで、日本の映画はもちろん、海外のものも、ドキュメンタリーやコメディ、いろんなジャンルを見て。中学校の夏休みは1ヶ月で50本くらい見てました。 ――見すぎって怒られるんじゃ。 橋本 両親が働いていて、お母さんが帰ってくる時間までずっとサブスクで見てました。 なので、すごくインドアでした。部活でバレーボールをやってたんですけど、引退してからはあまり外に出ず、肌は真っ白でしたね。
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