クマやオオカミが順調に増えたらどうなるのか、生態系が回復しつつあるルーマニアの現実
2030年までに劣化した土地の少なくとも2割の回復を目指す「自然再生法」がEUで可決
2024年に可決された自然再生法は、30年までにEU内の劣化した土地の2割に自然を取り戻し、保護することを目指している。人間と野生生物に恩恵をもたらす再野生化と自然再生は、ヨーロッパで積極的に進められている。 【動画】クマが森から飛び出し、突進してきた あなたならどうする? ルーマニアのカルパチア山脈の高地では、古代の生態系を復元する運動が実を結びつつあり、オオカミやクマなどが順調に数を増やしている。だがそれは、近隣の人々の暮らしにどんな影響を与えているのか? NPOコンサベーション・カルパチア財団(FCC)はルーマニアの森林と野生生物を保護するため、地元の支持を集める活動をしている。その設立者のひとり、バーバラ・プロムバーガー=フエルパスの小型トラックの助手席に座っていた私(筆者のイザベラ・ツリー)は、携帯電話の警告音に驚き、飛び上がった。 その音は、クマの目撃情報を知らせる緊急警報システムだったが、何の役にも立たないとバーバラは言う。「すべてのクマが危険だと言っているようなものですから」 2019年以来、バーバラたちは、人間とクマの衝突が起きた現場に残されたクマの毛からDNAの試料を採取してきた。記録した247頭のうち、問題を起こしているのはわずか10頭だという。 「養蜂箱や生ごみ、食肉処理施設から廃棄される肉などに寄って来るようです。地元の狩猟クラブが、観光客のために観察スポットにクッキーを置いておびき寄せています。そこでジャンクフードの味を覚えたのかもしれません」と彼女は言う。 「理由はどうあれ、ターゲットにすべきは問題を起こすクマです。単に全体の個体数を減らしても効果はありません。居住地にクマを引き付けないようにできるかどうかは、私たち人間にかかっています」 そして、クマと共生する道を探るのであれば、地域社会の保護と彼らへの補償は不可欠だと、バーバラは付け加える。これまでFCCは60軒以上の農家に電気柵を設置する支援をしてきた。また、番犬の使用が減っている地域の28人の畜産家には、この一帯特有の大型肉食動物の撃退に適応してきた在来種のイヌを提供している。 一方で、昔のような家畜の放牧が減った結果、村周辺の牧草地に低木が増え、クマが身を隠しながら移動できる、理想的な生息環境が生まれつつある。彼女は今、NPOと協力し、自動撮影カメラと連動してかかしを作動させたり、音や光を発したりすることで、クマが村に到達する前に追い払う抑止システムを開発中だ。 人間と動物の衝突を減らす必要性は、ヨーロッパで今後ますます高まるだろう。農業が衰退し、都市部が拡大するなか、2030年までに放棄される農地は2000万ヘクタールと推定される。かつて絶滅の淵にありながら、今は法律で保護されているオオカミやクマ、オオヤマネコなどの個体数は、EU内で回復している。オオカミは2万300頭にのぼり、ドイツだけでも185近くの群れがある。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版11月号「野生を取り戻すヨーロッパ」より抜粋。
文=イザベラ・ツリー