黒木華主演「アイミタガイ」短編集をどうやって長編映画に? 構成を大胆に変えてテーマがより明確に 「原作どおり」と思わせてくれる幸せな映画
■加えられたエピソードでテーマがより明確に
こうしてみると、基本的には原作の設定やエピソードを再構成しながらも、カットした場面や新たに加えた場面も多く、そういう意味ではかなり大きな改変がなされていると言っていい。それなのに映画を観た印象は「原作通り」だったのだ。それはなぜか。原作に込められていたテーマがみごとに再現されていたからに他ならない。 原作の5篇はそれぞれ別の話ではあるが、ごくわずかに、登場人物がつながっている。だが本人はつながっていることに気づいてない、というのがポイント。たとえば第1話の澄人は悩んだ末にある方法で寝込んでいた男性を起こす。この話はここで終わるのだが、ここで起こしてもらった中年男性が別の物語に登場するのだ。そして乗り過ごさずに済んだことが彼にとってとても重要なことだったと読者に伝えられるのである。 澄人にすれば、ただのささやかな親切に過ぎない。起こした男性がどうなったかなど知る由もない。けれどその男性にとって澄人は恩人になる。このように、当人の知らないうちに誰かを助けている、誰かの背中を押している、そういう目に見えないつながりでこの世界は成り立っているということを、この物語は描いているのだ。 映画で加えられたエピソードはすべて、そのテーマを補完するものだった。高校時代の梓と叶海が聞いたピアノ。澄人と宝飾店の店主の出会い。そして梓が叶海のスマホに送ったメッセージ。原作にはないこれらの話はすべて、同じところに収斂する。誰かに救ってもらった、そして自分もまた知らないところで誰かを救っている。相身互い、である。 しかも、この人とこの人の間にそんなことが、といちいち説明しないのがいい。本人たちは知らずとも、読者や観客にはそれが伝わっている。そして登場人物の中でただひとり、そんな奇跡のようなつながりに気づくのが梓だ。けれど梓はそれを口にしない。気づいたときの驚き、納得、感動といったものが、すべて黒木華さんの表情だけで伝えられる。黒木さんの表情の、なんと雄弁なことか! 「どうしたの?」と問われて「なんか、わーっとなっちゃって」とだけ言うのだが、「わー」としかいいようのないさまざまな感情が一気に押し寄せてきたのがこちらにも伝わるのだ。 なお、映画でカットされた第5話の梓と弟の話もすごくいいので、ぜひ原作もお読みいただきたい。安藤玉恵さんが演じたホームヘルパーが主役の第2話も、映画とはまた異なる読み心地がある。映画は4つの話の登場人物をつなげているので「知らないうちにできていた縁」がわかりやすいが、原作で描かれる縁はもっとささやかで、その分、リアルだ。自分も知らないうちに知らない誰かを励ましているのかも、と思えて幸せな気持ちになれるぞ。 大矢博子 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。 Book Bang編集部 新潮社
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