56年間で延べ880万人「日本一のお写経道場」に託された人々の思い
「高田好胤和上は目線の良いお方でした。子どもやお年寄り、時間のない方にもわかるように、法を説かれていました。さらに本当の心の修行は、 家庭生活の中の普段の時間にあると、私の師匠は考えておられました。そのため、家に持ち帰ってお経を書きましょうと広めていました。880万巻のお写経のうちの7割近くは家庭で書写されたお経なんです」 ■自分が書いたお写経がいつまでも残る 他の寺院で書いたお写経は、その大半がお焚き上げによってなくなってしまう。しかし、薬師寺は年に一度、1年間に行われたお写経を境内の納経蔵に納める「納経式」を行い、永代供養される。薬師寺があり続ける限り、自分が書いたお写経も何十年、何百年とあり続ける。1000年残るように――。薬師寺の願いは、奈良時代から変わっていない。
「寺院の存在が、お墓や法事だけであってはならないと思っています。お墓や仏壇も大切でしょう。しかし、薬師寺は自分で書いたお写経が、仏様と一緒に拝まれる対象になる。ここにも多くの方が、薬師寺のお写経をする理由があると思います」 すべての文字をなぞり終えると、最後に自分の名前と住所を書き、願い事をしたためる。和紙をお香にくぐらせて納めれば完了だ。 「願い事は何でもいいんです。人間は本当に辛い、苦しいことは人には喋らない。しかし、文字にして書くことで消化できることもある。お写経に吐き出すことで、自分を柔らかくしていただきたい」
自分が死んでも、自らが書いたお写経は生き続ける。薬師寺のお写経を、人々が求めるのには理由がある。
我妻 弘崇 :フリーライター