B'zは鎧、自分は普通、他人に嫉妬することもある――デビュー35周年、本人が語る「人間・稲葉浩志」
結成当初は、レコーディング、そして次々と松本から渡されるメロディーに歌詞をつける作業に追われ、不安を感じる暇すらなかった。しかし、稲葉が作詞した歌詞は、スタッフからの厳しい意見を浴びることになる。 「いやもう、全然書けなかったんですよ、笑っちゃうぐらい。『一行で言えるような内容を、薄めて薄めて薄めて、一曲分にしたみたいな歌詞だね』って言われたりするような状態だったので。シンプルに『つまんないんだけど』って言われることが多かったですね。歌詞を書くテクニックや語彙力も大事だったと思うんですけど、一番大事な、自分の歌いたいことや、歌って誰かに伝えたいことが欠落していたせいだと思います」
しかし、ライブを経験してファンの反応を受け取ることで、稲葉は急速に歌詞の表現の幅を広げていく。さらに、1997年には初のソロアルバム『マグマ』をリリース。オリコン初登場1位を獲得し、ミリオンセラーを記録した。ソロでは、自身で作詞作曲を担当。歌詞の姿勢もB'zとは異なる部分があるという。 「さっき鎧っていう言葉を使いましたけど、ソロは鎧がない感じです。等身大というか、あけすけな姿で、いろんな表現形態にチャレンジしていけるのがソロだと思うんです」
極端なことをしなかった人間がこういう仕事をしている
今年、稲葉がリリースしたシングル『BANTAM』には、「この身の丈で戦う/損してるなんて もう思いません」という意外な歌詞が出てくる。 「そのような内容の歌詞は、昔から手を替え品を替え、書いてはいると思うんですけど、そういうふうに思っている強さは、今のほうが強いかもしれないです。『BANTAM』は、本当に自分の今の気持ちや感覚が、一番強く出ているかなと思います」 「敵わぬ才能/指咥えて見てる/隠しきれぬ苛立ち」という歌詞も出てくる。嫉妬すらも歌詞に昇華する稲葉の姿もまた、「ロックスター・稲葉浩志」のパブリックイメージとはかなり異なる。 「歌っている楽曲はハードなものが多いので、そういうふうに思われているだろうなと思うんです。こういうインタビューで話をしているときに、そういうギャップを感じられますね。地元の人たちも意外でしょうね、僕以外にロックスター的な人間はいっぱいいたので。だから、何か極端なことをしなかった人間が、こういう仕事を長くしているというのは、不思議な感じがするのかもしれないですね」 自身を「普通」と語る稲葉が、スイッチを入れるきっかけとなるのは、やはり音楽だ。 「音楽を媒介にして、ステージ上では、ある意味、傲慢になっていると思うんですよ。傲慢というか、自信がある自分に変わっていく。声を出して歌うことで、そういう自分に変わっちゃうんでしょうね」 デビューから35年、最前線を走り続けてきた。 「一生歌えるわけじゃないので、今できることは、なるべく思いついたときにやりたいって、以前より強く思っています。声帯は自分の体の一部なので、どんどん変わっていて、それは自分でも前向きに受け入れることはできるんです。声が出ている限りは、自分の声を聞いて、『こんなことしてみたいな』と誰かが思ってもらえるような歌を歌っていたいなと思います」 最後に、生まれ変わったらもう一度稲葉浩志に生まれたいかと聞くと、「もう、それしかないです」と即答した。やりたいことがまだまだある。 「人生って、やっぱり時間がなくなっていくじゃないですか。もう一回稲葉浩志になれば、もうちょっとまた時間が増えるので(笑)。前世の記憶があればですけどね。やればやるほど、いろんな可能性って生まれてくるので」 --- 稲葉浩志(いなば・こうし) 岡山県出身。1988年に松本孝弘とともにB'zとしてデビュー。1997年には初のソロアルバム『マグマ』をリリースし、以降ソロとしても活動。今年、歌詞にフォーカスした初の作品集『稲葉浩志作品集「シアン」』(KADOKAWA)を発売。