鈴木聡美（撮影・中村太一）

　パリ五輪の競泳女子平泳ぎ代表の鈴木聡美（ミキハウス）＝福岡県遠賀町出身＝が1日の200メートル決勝で2018年以降では自己ベストの2分22秒54で4位となり、日本勢の競泳五輪代表では最年長入賞の快挙を成し遂げた。若年層が活躍する競泳界常識や年齢の概念をことごとく覆す鈴木を支えるのは、山梨学院大への進学を機に約15年居住する山梨県の「父」と「兄」。時には叱咤（しった）激励するなどして、常に寄り添った。 ■【写真】指導者として「やりきっていない」鈴木の可能性を信じた「父」 　2012年ロンドン五輪で三つのメダルに導いた同大の神田忠彦監督は回想する。「昔はちょっと目を離すと菓子パンを食べていた。よく言ったよ。そのパン一個で何カロリーだと思うんだってね」。輝きを取り戻す日々に〝甘さ〟はないが、かけがえのない時間だった。 　00年シドニー五輪代表の萩原智子らも育てた名伯楽は、東京五輪の選考会直後の情景もよく思い出す。鈴木がふらっと現れ「続けてやりたいです」と口にした。神田監督は「やりきったのならやめろと言うつもりだったけど、やりきれてないって言った」と明かす。 　ロンドン後の不振はスピードを求め短距離にシフトしたことも原因だった。自身もコロナ禍ではスポーツのあり方に迷いが出た。指導者としても「やりきっていない」思いが強かった。「メダルを取ったことは置いておいて、とにかく挑戦しよう」と腹をくくった。 　平泳ぎでは避けられない加速運動の止まりが少ない、鈴木の長所にあったインナーマッスルを生かす速いピッチの泳法を指導した。復活の原動力となる。「年齢のことを言うのは好きじゃない」と山梨の「父」は鈴木の可能性を信じている。 　山梨の「兄」は同県内でジムを経営する永井裕樹トレーナーだ。本来の泳ぎができなかったリオ五輪後から、ウエートトレーニングのメニューを作成するなどサポート。ストレッチなどで体を伸ばし柔軟性を高め、スクワットや体幹を鍛えるなど体をいじめ抜いた。 　開始直後は「競泳って自分と向き合うスポーツなのに、他の選手との比較ばかりしていた。当時はまだ26歳だったのに、年齢のこともすごく気にしていた」と振り返る。永井トレーナーはプロ野球・楽天のトレーナーをしていた経験もあり、若年層の活躍が多い競泳は専門外だった。 　だからこそ異なる視点があった。「これからもっと変わっていけるのに、ベテランと呼ばれるのはもったいない」。鈴木はがんじがらめになっていた競泳界の「常識」を取り払うことに成功。高強度のメニューに号泣しながら耐え抜き、新フォームの土台となった。 　同時に「父」には言えないことも「兄」には吐き出せた。「体的にはもっといいパフォーマンスを出せるので、きつい練習に耐えるだけの心を整えることを意識した」。キャリアへの不安や葛藤、愚痴も全て受け止め、アドバイスも送りモチベーションにつなげた。 　1人ではなしえなかった。いつもに前向きで可能性を信じてくれる2人がいてこそ、鈴木は「私はまだできるのか。なら頑張ろう」と33歳で自己新も出した。既存概念に縛られない2人の教えを体現する鈴木がパリでも「常識の壁」を打ち破った。 　4位入賞を果たした200メートル決勝後には現役続行の意思も表明した。「やっぱり4位は悔しい」―。すぐさま「200メートル（の記録を）狙うような練習が増えてくるんだろうなと。現役続行だろうという思い」と宣言した。次回ロサンゼルス五輪時は37歳で「ちょっと想像がつかない」と苦笑いしたが「私は私のまま。この先も挑戦できる限りは続けていけたら」。不屈のスイマーは自身もわからない前人未到の未来へと突き進む。（山田孝人）