「不眠時間」の世界記録は約19日。人が極限まで眠らないと体と心にどんな影響がでるのか?
「極限まで眠らない」人に起きること
ギネスブックのまとめ記事に登場する不眠記録の保持者は多くの場合、「吐き気を感じる」「怒りっぽくなる」といった変化を報告しています。ガードナーさんのケースでも、4日目には「幻覚や妄想が生じ、注意持続時間が極端に短くなった」と、記録挑戦に立ち会っていた科学者たちが証言しています。 1974年に不眠の新記録を打ち立てたロジャー・ガイ・イングリッシュさんの場合は、覚醒作用のある物質としてはカフェイン以外、摂取していませんでしたが、幻覚を体験し、それは不眠の実験が終わったあとも続いたと報告しています。 旧来の記録を破った、モーリーン・ウェストンさんという別の人物も、眠らないでいる間に幻覚を見たそうですが、挑戦が終わってある程度の睡眠をとったあとには完全に回復できたと話しています。 オンライン医学教育データベース「StatPearls」にある睡眠欠乏に関する情報では、慢性的な睡眠不足が引き起こす問題として、以下のような事柄を挙げています(慢性的な睡眠不足とは、多少は眠れていても、長期間にわたって十分な睡眠時間をとれていないケースも含みます)。 「死亡率や罹病率の上昇、起きている時間帯の活動能力低下に起因する事故やけがに遭遇するケースの増加、生活の質への自己評価の低下、家族の精神状態の悪化、医療サービス利用の減少」 そのうえでこの情報ページは、「睡眠不足が、人の心身の健康に重大な影響を及ぼすのは明らかだ」と結論づけています。
平均的な人が眠らずにいられる時間は?
実践的なアドバイスを得るために、ここで米軍の定義を参照してみましょう。軍隊は、所属する兵士に能力をフルに発揮してもらう必要がありますが、同時に、睡眠をとることが難しい、あるいは不可能なミッションを課すこともしばしばあります。そのため、この問題に関するポリシーを作成しているのです。 アメリカ国防総省の睡眠欠乏に関する報告書では、「完全な睡眠欠乏状態」の定義として、24時間ぶっ通しで起きている状態、あるいは、どの時間帯であっても、通常眠っている時間帯に眠れなかったケースとしています。 言い換えると、普段は午前7時に起床している人が、ゲームをしていて(あるいは敵の標的になったために)徹夜し、午前7時まで起きていた場合は、「完全な睡眠欠乏状態」と認定されるわけです。 さらに国防総省では、毎晩の睡眠時間が7時間を切った場合を、「部分的睡眠欠乏状態」と定義しています。これは、睡眠時間が短くなるか、途切れ途切れになっているケースです。この状態が1週間続くと、「慢性化した部分的睡眠欠乏状態」と認定されます。 同じ報告書によると、24時間眠らない、完全な睡眠欠乏状態を1回経験するたびに、「認知タスクの成績が25~35%低下する」と推計しています。かといって、睡眠時間が一定のレベルまで減ったとたん、ガクンと能力が落ちて、まったく使い物にならなくなるということではなく、睡眠がとれない状態が続くうちに、徐々に頭がはたらかなくなるというイメージです。 さらにこの報告書では、複数の研究結果を引用して、睡眠欠乏状態が外傷性脳損傷のリスク増大、極度の感情的疲労感や、「役割を重荷と捉える」(燃え尽き)感情の高まり、不安症状の増大や悪化、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状悪化、うつ症状および希死念慮や自殺未遂の増加などを招くとしています。 こうしたことから米軍は、「兵士に与えられる任務は、可能な限り、24時間ごとに8時間の睡眠時間を確保できるようなものにすべきだ」と結論しています。 これが無理な場合は、睡眠時間をとれない期間の前に「寝だめ」する計画を立てるとともに、眠れない期間が終わったあとに「リカバリー」のための睡眠時間を確保するべき、とのことです(冒頭で触れたガードナーさんが、不眠実験のあとに14時間にわたって爆睡したのは、これにあたります)。