組織の成長は「進化するルーティン」で決まる
──前回の記事:組織の変化を説明する進化理論(連載第42回) ■デュポンの社員は駅の階段の隅を歩く 皆さんの職場でも、いつの間にかルーティン化している行動は間違いなくあるはずだ。ある組織では、毎日当然のように全員が顔を突き合わせての朝礼が行われるかもしれない。ある工場では、整理・整頓・清潔など「5S活動」のための徹底した清掃活動が、ルーティン化しているかもしれない。別の現場では、顧客クレームの対応に独自の決まり事があるかもしれない。ルーティンは、あらゆる企業の「現場」に存在する。 より高い次元で見れば、例えば「企業の行動規範の徹底化」もルーティンを促すはずだ。行動規範というと、日本では精神的な側面が強調され、徹底されていない企業も多い印象だ。他方で筆者の理解では、好業績をあげ続けて来たグローバル企業には、行動規範を重視し、社員に徹底して植え付けているところが多い。行動規範の徹底が、現場における様々な行動パターンを暗黙にルーティン化させているのだ。 例えば、米化学メーカーのデュポンがその一例だ。同社の行動規範の主要テーマは、「安全」である。化学メーカーだから一つのミスが大惨事につながる可能性もあり、行動規範の第一義が「安全」になるのはある意味当然だろう。 そして同社の関係者に話を伺うと、その徹底ぶりはすさまじい。それは工場のような現場だけでなく、バックオフィスも含めて社員全体に、安全への行動規範が宗教のように浸透しているという。例えば、同社の社員はタクシーに乗る時に、後部座席でも必ずシートベルトを無意識に締めるそうだ。また、駅の階段では、無意識のうちに壁際の手すりに捕まって上り下りする。これらの行動規範は入社初日の研修から叩き込まれるそうだ。まさに安全行動のルーティン化である。現場も含めて「安全」の行動規範をもとにした行動のルーティン化が浸透しているから、それが駅やタクシーでも出てしまうのだろう。 このくらい安全に関するルーティンが埋め込まれていれば、デュポンの社員はそれ以外の重要なことに、十分に認知を広げられるはずだ。それが、長きにわたって同社が世界の化学産業をリードできた理由の一つなのかもしれない。 ■ルーティンが組織にもたらす効果 ルーティンは組織に様々な効果をもたらす。ここでは、南デンマーク大学のマーカス・ベッカーが2004年に『インダストリアル・アンド・コーポレート・チェンジ』(ICC)に発表したレビュー論文を参考に、その主要な3つの効果を解説しよう※4。 ■(1)安定化(stabilization) ルーティンは組織に安定化をもたらす。ルーティン化により、メンバーの繰り返される業務・行動プロセスは平準化される。平準化されれば、将来の予見もしやすくなる。平準化はメンバー間の行動を比較しやすくするので、現場での監督・管理も行いやすくなる。 さらに、行動プロセスが平準化されれば、それはメンバー間の仕事への「目線」を揃える。したがって、コミュニケーション効率が向上し、コーディネーションが容易になる。もしメンバー間の目線が揃っていなければ、一つの作業を行うのに「なぜこの作業が必要か」をいちいち説明する必要が出てきてしまう。 ■(2)記憶(memorization) ルーティンは組織に知を埋め込むメカニズムであり、本書第14章で解説したトランザクティブ・メモリー・システム(TMS)やシェアード・メンタル・モデル(SMM)と並ぶ、組織の記憶の仕組みといえる。ルーティンがTMSやSMMと異なるのは、後者は言葉で表現できる「形式知」を主に記憶して引き出すメカニズムなのに対し、ルーティンはノウハウなどの暗黙知の保存を強調することだ。 ■(3)進化(evolution) 結果として、ルーティンの充実した組織は、認知キャパシティに余裕が生まれ、サーチ、行動がしやすくなり、新たな知を受け入れられるようになる。結果として組織の認知の幅を広げ、そこから学習し、進化できるのだ。 このように考えると、ルーティンは組織が「進化」するための阻害要因ではなく、むしろ必要条件であることがおわかりいただけるだろう。 一般に使われるルーティンワークという言葉には、「上から押しつけられた業務ルールに従って、同じ作業を繰り返すこと」という印象がある。そのせいか、「ルーティンワークは変化・進化を阻む阻害要因」と見なしてきた方も多いかもしれない。 しかし、進化理論のルーティンが本来意図するのは、その逆だ。ネルソンとウィンターの定義にあったように、ルーティンの第2の特徴は「状況の変化によって変わることもある行動パターン」である。つまり、進化・変化のためにこそルーティンが必要であり、さらに言えば「進化を促すようなルーティンでなければならない」ということだ。その第一条件は、進化を前提にしての「行動」の繰り返しだ。マニュアルで知識だけ詰め込んでも、現場での繰り返しの行動が伴わなければ、それはルーティン化せず、組織は進化しない。