組織の成長は「進化するルーティン」で決まる
■良品計画の「進化するルーティン」 進化理論の意図するルーティンを体現する企業は、例えば「無印良品」(MUJI)ブランドで有名な良品計画ではないだろうか。現在グローバルに躍進する同社だが、2001年に松井忠三氏が代表取締役社長に就任してからの同社の現場づくりは、まさに進化理論のルーティンを考える上での格好の材料といえる。 なかでも興味深いのは、同社のマニュアルである。良品計画のマニュアルはMUJIGRAMと呼ばれ、現場スタッフに広く浸透している。松井氏は著書の中で、MUJIGRAMについて以下のように述べる※5。 日本では、マニュアルという言葉にネガティブなイメージがあります。 マニュアルを使うと、決められたこと以外の仕事をできなくなる、受け身の人間を生み出す、とよく指摘されています。 無味乾燥なロボットを動かすような、画一的なイメージがあるようです。 (中略) しかし、そもそもマニュアルは社員やスタッフの行動を制限するためにつくっているのではありません。むしろ、マニュアルをつくり上げるプロセスが重要で、全社員・全スタッフで問題点を見つけて改善していく姿勢を持ってもらうのが目的なのです。(pp.68-70) この発言は、従来の「マニュアル化」の通念を覆すものではないだろうか。良品計画では、マニュアルを本部がつくって社員に100%従わせることを、目指していない。むしろ、現場がマニュアルをたえず改訂し続けることで、「常に改善する」姿勢を組織の行動パターンとして「ルーティン化」しているのだ。 実際、同社のマニュアルづくりは現場主導で、現場と本部がコミュニケーションを取りながら、最低でも月一度は見直される。「マニュアルに完成はない」という思想だ。結果として、現場の社員はマニュアルに従いながらも、そのマニュアルに改善点がないかを常に考えながら行動するパターンを日々繰り返す。マニュアルにより行動パターンがある程度標準化されているからこそ、スタッフの認知キャパシティに余裕が生まれ、改善点を見つけられるのだ。 このように、「マニュアルを常に見直す」ことを前提にした暗黙の行動パターンがルーティン化されるとともに、形式知としてのマニュアルが蓄積され、常に現場が進化・成長を続けるのである※6。良品計画に限らず、トヨタ自動車、京セラ、デンソーなどいわゆる「現場が強い」と呼ばれる日本企業では「進化のためのルーティン」が醸成されている、というのが筆者の理解だ。 例えばトヨタの現場は、徹底した「標準化・仕組み化・マニュアル化」で知られている。一例として、同社はバックオフィスに、長らく「自工程完結」という考え方を取り入れている。生産現場での生産性向上の仕組みをホワイトカラー部門に応用することで、ホワイトカラーの現場の「進化のためのルーティン化」を進めるものだ。トヨタ自動車元副社長の佐々木眞一氏は著書の中で、自工程完結という標準化・仕組み化を取り入れることで、「業務を標準化し、改善を進め、仕事の質を高めていくことを考えたのです」と述べている※7。 もちろん、実際に現場で「進化のためのルーティン化」を埋め込むには、さらに細かい工夫が必要だ。スタッフのやる気を引き出すことも必要だし、何より現場リーダーの能力が欠かせない。このような「モチベーション」「リーダーシップ」など、ミクロ視点の理論については、本書『世界標準の経営理論』第4部で詳しく解説していきたい。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 認知心理学ベースの進化理論 組織の知識創造理論(SECIモデル) 日本企業がDXで失敗するのは何故か ※4 Becker, M. C. 2004. “Organizational Routines: A Review of the Literature,” Industrial and Corporate Change, Vol.13, pp.643-678. なお、同論文ではルーティンの効果をさらに多岐に紹介しているが本書ではそれらを3つにまとめている。 ※5 松井忠三『無印良品は、仕組みが9割』(角川書店、2013年) ※6 ちなみに松井氏は、このMUJIGRAMについて、「標準化するからこそ改善ができる」「標準化によりチーム全員の顔向き(=目線)を揃えられる」「標準化されているからコミュニケーションができて知恵を共有しやすくなる」などと述べている。これらの効能は、先に紹介した進化理論のルーティンの特性と合致していることはおわかりだろう。 ※7 佐々木眞一『現場からオフィスまで、全社で展開する トヨタの自工程完結』(ダイヤモンド社、2015年)
入山 章栄