世界の文学を(翻訳で)読むことについて、背中を押された気分―管 啓次郎『エレメンタル 批評文集』永江 朗による書評
詩人・翻訳家・比較文学研究者である著者の世界文学や翻訳についてのエッセイを集めた本。入手が難しくなった3冊の本から選んだ文章と単行本未収録の文章からなる。 本を読むことについて、とりわけ世界の文学を(翻訳で)読むことについて、背中を押された気分だ。書物を通じて世界の芯を素手でつかむことができるのだという確信を抱く。もちろんその書物は紙に印刷したものとは限らないし、文字が書かれているとも限らない。 書名にも採られている文章はアメリカの文化史家・フェミニスト・社会思想家のレベッカ・ソルニットについて書いたもの。 「読書がめざすものは一時的なアイデンティティの解消であり、その手法は現実の自分を中断して読まれている世界に没入することにあり、不在のままその世界をくぐりぬけるという体験が、また自分に新たな線を付け加えてくれる」なんていうことばを見つけると嬉しくなる。読書のよろこびをこんなに簡潔に言い表してくれるなんて。著者はソルニットを「生態学的意識をつねにもちつつ森羅万象を考える人々のひとり」というが著者自身もそう。 [書き手] 永江 朗 フリーライター。 1958(昭和33)年、北海道生れ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店勤務の後、『宝島』『別冊宝島』の編集に携わる。1993(平成5)年頃よりライター業に専念。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜し、コラム、書評、インタビューなど幅広い分野で活躍中。著書に『そうだ、京都に住もう。』『「本が売れない」というけれど』『茶室がほしい。』『いい家は「細部」で決まる』(共著)などがある。 [書籍情報]『エレメンタル 批評文集』 著者:管 啓次郎 / 出版社:左右社 / 発売日:2023年06月16日 / ISBN:4865283722 毎日新聞 2023年9月23日掲載
永江 朗
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