自社に必要な経営戦略を見極めるには「競争の型」を理解せよ
■必要なのは「鷹の目」 ここで当然ながら、皆さんの関心は「自分の業界はどの型の競争が中心なのか」ということだろう。それを知るための一つの方法は、大規模統計から各業界がどの型に近いかを定量評価することだ。例えば本書『世界標準の経営理論』第2章では、SCPフレームワークが通用しにくくなっている背景として、米国の多くの業界では(SCPが想定する)「持続的な競争優位」を獲得しにくくなっていることが統計分析から明らかになっている、と述べた。米国では少なからぬ業界で競争がシュンペーター型に移ってきていることが、大規模データ分析によりわかってきているのだ。 しかし、実際にこのように事業環境を統計分析するのは専門知識が必要で、それは多くの場合、経営学者の仕事だ(※6)。そして残念ながら、日本についてそのような定量研究はいまだ乏しい。 では、ビジネスパーソンが自社戦略を考える上ではどうすべきか。現時点で筆者が言えるのは、いわゆる「鷹の目」を持つことだ。すなわち、自分のいる業界だけでなく、より多くの他業界を幅広く俯瞰して、自社を取り巻く環境はどの型の競争に近いのか(近くなっていくのか)を比較検討・予測することだ。もちろん、「どの業界も不確実性は高まっている」ということかもしれないが、それでも業界での濃淡は大きい。IT業界と飲料業界の不確実性が同じであるわけがない。そして競争の型が違えば、求められる経営理論も、戦略も異なるのだ。 経済学ディシプリンの理論の中でも競争戦略の根幹をなすSCPとRBVを解説してきた。しかしあえて大胆に言えば、現代の世界標準の経営学で研究者がこぞって使うという意味で主役を張っている経済学ディシプリン理論は、実はこの2つではない。SCPやRBVが依拠する古典的な経済学ではなく、より現実に近い仮定に基づき、複雑な組織の真理を解き明かす理論が台頭しているのだ。その一連の理論を「組織の経済学」と呼ぶ。『世界標準の経営理論』の第5章から第7章までは、組織の経済学の諸理論を解説しよう。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 SCP対RBV、および競争の型 SCP理論 リソース・ベースト・ビュー(RBV) ※1 邦訳「[新訳]戦略の本質」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号。 ※2 『戦略サファリ』(東洋経済新報社、2012年)より抜粋。 ※3 余談だが、筆者は2014年10月にマドリードで行われた経営戦略論の最大の学会であるストラテジック・マネジメント・ソサエティの年次総会に参加した。この大会でミンツバーグは、実務家に大きな影響を及ぼした経営学者に贈られる、C. K. Prahalad Distinguished Scholar-Practioner Awardを受賞した。その記念講演を筆者も聴いたのだが、そこでもやはりミンツバーグがポーターの戦略論を批判していたのが印象的だった。ちなみにこの表彰イベントでミンツバーグを紹介する役を果たしたのは、バーニーだった。 ※4 アクティビティ・システムについては第3章を参照。 ※5 エリック・リース『リーン・スタートアップ』(日経BP社、2012年) ※6 経営学における事業環境の定量化については、Dess, G. G. & Beard, D. W. 1984. “Dimensions of Organizational Task Environments,” Administrative Science Quarterly, Vol.29, pp.52-73.、Folta,T. B. & O’Brien, J. P. 2004. “Entry in the Presence of Dueling Options,” Strategic Management Journal, Vol.25, pp.121-138. を参照。競争優位の持続性の定量化については、第2章で紹介した Wiggins, R. R. & Ruefli, T. W. 2002. “Sustained Competitive Advantage: Temporal Dynamics and the Incidence and Persistence of Superior Economic Performance,” Organization Science, Vol.13, pp.81-105.や Wiggins, R. R. & Ruefli, T. W. 2005. “Schumpeter’s Ghost: Is Hypercompetition Making the Best of Times Shorter?” Strategic Management Journal, Vol.26, pp.887-911.、Wiggins, R. R. & Ruefli,T. W. 2003. “Industry, Corporate, and Segment Effects and Business Performance: A Non-parametric Approach,” Strategic Management Journal, Vol.24, pp.861-879. を参照。
入山 章栄