自社に必要な経営戦略を見極めるには「競争の型」を理解せよ
■(3)シュンペーター型の競争(schumpeterian competition) さてバーニーの1986年論文は、IO型、チェンバレン型に続く第3の競争の型を提示している。それを「シュンペーター型の競争」という。イノベーションの父とも呼ばれた20世紀前半の大経済学者ジョセフ・シュンペーターの名前はご存じの方も多いだろう。 シュンペーター型の競争と、それ以外の2つの競争との違いは何か。それは「不確実性の高さ」あるいはそれに基づく「予測のしにくさ」だ。 そもそも我々は、なぜこれほどビジネス・経営に悩むのか。それは我々が将来を完全に予測できないからにほかならない。もし将来が完全に予測できるなら、すべてはその予測通りに行えばよいのだから、戦略も計画も立てる必要がない。しかし人間には完全な予測は不可能で、だからこそ、その不確実な将来の道標として戦略、計画、経営者のビジョンが必要となる。 しかし不確実性にも「程度」がある。もし不確実性がそれほど高くなく、将来の事業環境や自社の長期的な強みにある程度予測が立つなら、企業はそれをもとに戦略を立てられる。IO型とチェンバレン型はこの視点に基づいている(図表1)。例えば「高い広告支出や小売りとの緊密な関係により参入障壁を築けば、新規企業は参入してこない」「複雑なアクティビティ・システムを持てば同業他社は模倣できないから、高い業績を安定して上げられる」などと予測できるわけだ(※4)。 しかし、すべての事業環境がこのような状態にあるわけではない。この世には、技術的、制度的、経済的な理由などで、不確実性が非常に高い業界がある。そしてこの不安定な業界では、予測が立てにくい。 現在のIT業界の多くはそのような状況にある。例えば国内SNS一つを取っても、2000年代はミクシィが覇権を握っていたが、いまはLINE、ツイッター、インスタグラム、フェイスブックが中心だ。さらに言えば、LINEやツイッターが5年後もSNSで支配的かを予見することすら難しい。あまりにも技術革新のスピードが早く、またそれに合わせて顧客のニーズも急速に変わるため、将来を予測するのが非常に難しいのだ。まさにシュンペーター型の競争の典型である。 したがって、このシュンペーター型の競争で必要なのは、事前に練られた精緻な戦略・計画よりも、むしろ「試行錯誤をして、色々なアイデアを試し、環境の変化に柔軟に対応する」企業の力になるはずだ。これは経営学で言えば、「知の探索・知の深化(第12・13章)」「ダイナミック・ケイパビリティ(第17章)」といった考え方だ。これらの理論は本書『世界標準の経営理論』の第2部で説明する。 ■競争環境を見分けよ ここまで読んでいただければ、「競争の型」を理解することがいかに重要か、おわかりではないだろうか。違う型の環境では違う戦略が求められ、それらは違う経営理論で説明されるのだ。 図表2は、競争の型と、そこで求められる戦略・理論のマッチングを示したものだ。念のためだが、各業界がこのようにきれいに3つの型のどれかに区分されるとは限らない。現実には複数の「型」を内包する場合も多いだろう。しかし、他産業と比較した程度論として、相対的にどの型が強いかは俯瞰できる。 例えば筆者の私見では、MaaS(mobility as a service:サービスとしての移動)などで大変革の足音が忍び寄る自動車業界だが、2019年の時点ではまだ既存の(少なくとも国内の)自動車製造ビジネスの競争はチェンバレン型に近い。日本の自動車メーカーが優れた技術力・開発力で高い競争力を持つのは、それがチェンバレン型の競争とマッチしているからだ。飲料業界・装置産業の多くはいまでもIO型に近いから、SCPに基づく戦略が有効となりうる。 他方、以前の日本の家電業界は、オペレーショナル・エクセレンスによる技術・サービス優位がそのまま競争力につながっていたので、チェンバレン型に近かった。しかし、いま重要な新興市場では、顧客の多くが望むのは、高品質製品よりも普及品であり、そこでは低価格品を大規模な広告・販促で売るのが重要だ。したがって、グローバル市場では、競争はIO型に移行してきているといえるのだ。結果、逆にハイエンドな製品はむしろシュンペーター型が強まっている可能性が高い。一方で、RBV的なオペレーショナル・エクセレンスだけで勝負してきた日本の家電事業は戦略と競争の型がズレてしまっているのである。 さらに、先に述べたようにIT業界はシュンペーター型だから、「リーン・スタートアップ」のような、SCPとは真逆の考え方が重視される(※5)。逆に、同じことをIO型の業界にいる企業がそっくり真似するのは危険といえる。多くのビジネス書の「成功物語」では、この競争の型の峻別がないまま、表面上の行動・戦略だけが語られることが実に多い。