八木勇征が器用に表現する“不器用さ” 『矢野くんの普通の日々』は紛れもない代表作に
公開中の映画『矢野くんの普通の日々』(2024年)は、じつにユニークな作品である。毎日ケガをしてばかりの不運な男子高校生と、とんでもなく心配性の女子高生の恋模様を描いたものなのだが、私がここでいう“ユニークさ”とは、物語の設定に関するものではない。不器用で不運な男子を、優れた身体能力を持つ者が演じているところにある。タイトルロールにもなっている“矢野くん”を演じているのは、八木勇征である。 【写真】八木勇征が見せる“ピュア”な表情 本作の物語の大枠は冒頭に記したとおり。高校生の男女のラブストーリーである。あまりにも不運な体質の矢野くんと、心配性な性格から彼のことを放っておけないクラス委員長の吉田さん(池端杏慈)は相性ピッタリで、しだいにケアをする/される関係から、互いに想いを寄せ合う特別な関係へと発展していくことになる。ほかの登場人物たちとの交流を描きながらも、作品の軸に太く強くあるのは矢野くんと吉田さんの瑞々しい恋愛関係なのである。 この作品の屋台骨となる面々もじつにユニークだ。主演の八木はダンス&ボーカルグループ・FANTASTICS from EXILE TRIBEのメンバーで、ヒロインの池端杏慈はあの「ポカリスエット」のCMの顔になった存在。さらに、矢野くんと吉田さんのクラスメイトのひとりを演じる中村海人は男性アイドルグループ・Travis Japanのメンバーであるし、とにかく本作の座組には次代を担うエンターテイナーが集っているのである。これを主演俳優として率いる八木は、本作が初の単独主演作だ。彼がいまのこの時代の若い人々から求められている人材だということが、ここから分かるのではないだろうか。 とはいえ、八木が俳優デビューを果たしたのはほんの数年前のこと。演技者としてのキャリアはまだ浅く、これが俳優として認知されるきっかけになればいいところだろう。しかし、物語は学園生活を舞台にしたものだ。となれば必然的に観客層はかぎられてくるように思えるが、本作の射程は存外に広い。ここに描かれているのは紛れもなく“純愛”に違いないが、“純愛”にもいろいろある。人間の生死がかかったものや、タイトルにある「普通」というものを哲学や美学の観点から描くものなど。けれども本作はそういった作品ではない。すべての観客をエンターテインしてくれる作品なのである。